金華山島のシカの高密度化による小型化についての研究A study on size reduction of sika deer caused by overpopulation on Kinkazan Island
著者名Authors
金華山島シカ研究グループ Kinkazan Sika Deer Research Group
高槻成紀Seiki Takatsuki1)・ 南正人Masato Minami2)・ 大西信正Nobumasa Onishi2)・ 伊藤健彦Takehiko Ito3)
著者所属Affiliations
- 1) 東京大学総合研究博物館 (The University Museum, The University of Tokyo)
- 2) ピッキオ/星野ワイルドライフリサーチセンター (Piccio/Hoshino Wildlife Research Center)
- 3) 東北大学大学院・理学研究科 (Department of Biology, Faculty of Science, Tohoku University)
要約Summary
宮城県の金華山島では1967年以来継続的にシカ個体数の調査がおこなわれており、その間に2度の大量死が確認された。2000年3月の調査結果によると448頭が生息していると推定され、1997年からの回復はすでに達成されたらしい。生け捕りによる外部計測の結果、金華山島のシカは本土のシカよりも体重でオスが30%、メスが25%も小さいことがわかった。オスのほうが小型化が著しいのは一夫多妻制における繁殖戦略の性差によるものと考えられる。この小型化は大量死後の食料条件の好転とその後の劣化とも関連していた。これらの結果にもとづいて大型獣の個体群動態の研究には長期継続調査が重要であることと、個体数のみならず個体レベルでの質的変化を明らかにすることの重要性を、保全生物学との関連で論じた。
A census of the sika deer population on Kinkazan Island, northern Japan was carried out in March, 2000, which estimated the deer number as 448 on the island (9.6 km2). The census records for over 30 years indicates that the population dynamics of sika deer on the island show a high density is attained by no predation, which is reduced by density independent mortality including cold winters for every decades. This supports the observation on a population of wild sheep on St. Kilda, Scotland, rather than the ”eruption-collapse” or ”equilibrium” model. The deer on Kinkazan Island were apparently smaller than those on the main island, particularly for males. This suggests that the food shortage suppress more strongly males than females, which must be caused by the difference in reproductive strategies between the sexes. Necessity of a long-term study including not only population dynamics but also deer characteristics, food habits and habitat relations is stressed.
はじめに
宮城県の金華山島は面積約10km2の小島であり、捕食者がおらず狩猟もないためシカが増加し高密度で生活している。そのため植生など生態系全体へ強い影響を及ぼしている。このようなキーストーン種の役割を理解することは自然保護にとっても重要であるが、ことに金華山島のシカの場合には過剰密度集団によってどのような生物学現象がみられるかを知ることができるという意味で、現在日本各地で起きているシカ問題を考える上でも有意義である。同じ主旨でこれまでにも調査を計画し、PRO NATURAファンド助成を受けることができた。この間1997年には大量死が起き、それまで500頭レベルを維持してきたシカ個体数が半減した。これはシカにとっては不幸な出来事であったが、島における長期継続研究の重要性を改めて示唆するものでもあった。その後個体数は順調に回復しており、この回復過程を正確に記録しておくことはきわめて重要な意味がある。それと同時にこれまでの個体群生態学では、個体数のみが重視されるきらいがあったが、生態学的にはシカ個体レベルで起きている現象、たとえばサイズの小型化や繁殖率の低下なども総合的にとらえられてはじめて高密度の影響を理解する事ができる。このような研究はごく限られた例しか知られておらず、自然保護にとっても貢献するところが大きい。
このような背景から、これまでも継続してきたシカの個体数調査を行った。またこれまでの調査により100頭近くのシカは個体識別ができており、生け捕りにする方法も確立している。そこでこれらを生け捕りにして体重を含む外部計測を行い、本土のシカ(岩手県五葉山の集団)との比較を行った。これに加えて出生率の調査も行ったが、現在解析中なので、本報告では小型化について報告することとした。
支援いただいたPRO NATURAファンドと、困難な調査に協力いただいた東京大学、東北大学、石巻専修大学、東京環境工科学園(東洋工業専門学校)などの学生諸君、アースウォッチの皆さんに感謝します。
調査地と方法
金華山島の概況については1昨年度の報告書に記したので省略する。シカの頭数は区画法を用い、2000年3月に島を20の区画に分け、33人の調査員によって調査した。
シカの生け捕りは神社が行う「角切り行事」のために作られたパドックにシカを入れ、数頭を追い出してネットにからませて捕獲した。捕獲したシカは目隠しをしたあと、ゴムチューブで四肢をしばって保定した。このシカを家畜用体重測定機に載せ、体重を0.1kgの精度で測定した。一部の個体は人に馴れているため、餌でおびき寄せて測定機に乗させて測定した。
結果と考察
1. 個体数調査
2000年3月の個体数調査の結果は表1のとおりである。実際に発見されたのは374頭で、面積の按分により島全体には447.9頭が生息すると推定された。これは1999年の509.2頭よりかなり少なかった。内訳はメスが192頭、オスが117頭で性比は1.64:1であった。これは1999年の1.73:1と違わなかった。子ジカは40頭発見され、100メスに対する子ジカの割合は20.8頭であった。これは1999年の37.6頭よりも少なく、出生率が頭打ちになったことを示唆する。
表1. 金華山島におけるシカ頭数調査結果(2000年3月11日)
Mはオスで右側の数字は枝角数. Mcは角を切られたオス, M?は角が不明なオス. Fはメス, bは子ジカ, Uは不明.
*:調査した区画の合計面積.

これに基づいてこれまでの金華山島のシカ個体数変動を図1に示す。これをみると、金華山島のシカ個体数は500-600頭という島の環境収容力に達すると、寒波などによって10年程度の間隔で大量死を起こし、3、4年で回復するという過程を繰り返しているようである。

図1. 金華山島におけるシカ頭数の変化. ○は推定値.
シカを含む有蹄類の個体数変動については、新しい環境に導入された集団が爆発的に増加して食料を食べ尽くして崩壊するとするもの(Rasmussen, 1941; Leopold, 1943; Klein, 1968)と、同じように爆発崩壊をするが崩壊は小規模で最終的には植生とのバランスを保ちながら平衡状態に達するとする考え方(Caughley, 1977)が主流であった。しかし最近ではむしろ環境収容力に達したのちに、環境変動に応じて減少し、また回復するという過程を繰り返すとする考え方が提出され(Clutton-Brock et al., 1991)、議論は現在も続いている。金華山島の結果は後者が正しいらしいことを支持するが、このことの一般性については調査地の特性を十分に理解したうえで検討させる必要がある(高槻, 2000)。
2. 小型化
計測部位のうち、分析の終わった体重の結果をオスとメスについてそれぞれ図2と図3に示した。この数字は1991年以来の測定値を年令別にまとめたものである。オスでは4歳くらいまで体重増加が見られ、その後43kg前後で頭打ちになった。図には五葉山のオスの体重も示したが、つねに金華山島よりも大きく成獣になると80kgにもなった。いっぽう、メスの場合、3歳でほぼ頭打ちになり38kg 前後で安定した。これは五葉山のメスでも同様であったが、最終到達体重は50kgにもなった。
今回の結果でひとつ注目されたのは、金華山島のオスの体重が4、5歳で頭打ちになったが、この値が現在6歳以上の成獣の値(51.2kg)よりも16%も軽かったという事実である(図2)。これには時間的経過を考慮しなければならない。金華山島では1984年と1997年に大量死があった(Takatsuki et al., 1990, 1994; 高槻ら, 1998)。現在成獣になっているシカは1984年以降生まれで、シカの密度が低い、比較的食料事情のよい時代に生長した集団である。これに対して現在5歳以下のシカは頭数が回復して、高密度下で食料不足の時代に生長した集団である。同じ「成獣」に達した個体にみられた体重差はこの事情を反映している可能性が大きく、今後の体重の推移が注目される。ただし、同様のことはメスにも起きてもよいはずであるが、メスの場合、その違いはわずか3.3%に過ぎなかった(図3)。このことは、環境劣化にともなう小型化がオスとメスに同じようには働かず、オスのほうに強く働くことを強く示唆する。逆にいえば環境がよくなった場合にはオスのほうがいち早く大きくなることを意味する。おそらくニホンジカのような一夫多妻制の社会をもつ種においては、大型化することの適応的意義、つまり繁殖成功度の向上が、メスよりもオスにおいてサイズ依存的なのであろう。このことは体格の大きいオスが社会的地位が高く、そのようなオスが交尾数、交尾するメスの数が多いこと(南, 未発表)によっても支持される。
以上の結果は金華山島のシカが本土のシカよりも明らかに小さいこと、その程度がオスにおいてより著しいことを示している。

図2. 金華山島と五葉山のオスの体重増加曲線.
縦軸:標準偏差

図3. 金華山島と五葉山のメスの体重増加曲線.
縦軸:標準偏差
3. 保全との関連
この調査によって明らかになったことを保全との関連で2つだけ指摘しておきたい。
ひとつは長期継続調査の重要性という点である。金華山島では1967年以降シカの頭数が継続的に調査されてきた。それ以前については断片的な情報しかないが、1967年以降でも30年以上経過しており、世界的にみても息の長い研究となっている。この間、少なくとも2度の大量死がおき、その実態が正確に記録された(Takatsuki et al., 1990, 1994)。このこともこの研究の価値を高めている。おそらくこの研究により、従来教科書的に信じられてきた爆発・崩壊説や爆発・崩壊・平衡モデルなどは誤りであったことが証明されるであろう。これらはひとえに困難な中を多くの協力者に支えられながら根気強く調査を継続してきたことによっている。生物学の理論的研究にとって大型獣は寿命の長さゆえに困難なものである。しかし保全という観点からすれば、大型獣の保全はキーストーン種としての重要さからきわめて重大な意味をもっている。したがっていかに困難であっても時間をかけてその実態を把握しなければならない。
もうひとつは、有蹄類の個体群変動はいわゆる個体数を論じるだけでは不十分であるという点である。個体数変動の重要さはすでにふれたが、この調査で明らかになったのはその個体数がシカのサイズと密接に関連していたということである。このことはすでに指摘されているが、本研究で明らかにされたのはシカのサイズが同じ場所でも経時的に変化する可能性があるということ、しかもそれが雌雄で違うらしいということである。また今回報告に至らなかったが、メスの出生率も個体数変動と密接にリンクしている。これらの興味深い現象はシカ個体の食糧事情に関連し、シカの食性は生息地の植物群落の構造や動態に影響をおよぼす。これらのことが総合的に理解されなければ、単なる個体数変動だけでは生物学的な意義、そしてシカの生息する地域の保全にとって真の力にはなりえない。
以上の2点はひとり金華山島のシカの問題にとどまらず、広く有蹄類のいる生態系の保全に敷衍されることである。
文献
- Caughley, G. (1977) Analysis of Vertebrate Populations. Wiley, Chichester.
- Clutton-Brock, T. O. F. Price, S. D. Albon and P. A. Jewell (1991) Persistent instability and population regulation in Soay sheep. Journal of Animal Ecology, 60: 593-608.
- Klein, D. R. (1968)The introduction, increase, and crash of reindeer on St. Mathew Island. Journal of Wildlife Management, 32: 350-367.
- Leopold, A. (1943) Deer irruptions. Wiconsin Conservation Bulletin., 8: 3-11.
- Rasmussen, I. D. (1941) Biotic communities of Kaibab Plateau, Arizona. Ecological Monographs, 3: 229-275.
- Takatsuki, S., S. Miura, K. Suzuki and K, Ito (1991) Age structure of mass mortality in the sika deer (Cervus nippon) population on Kinkazan Island, northern Japan. J. Mammal. Soc. Japan, 15: 91-98.
- Takatsuki, S., K. Suzuki and I. Suzuki (1994) A mass-mortality of Sika deer on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research, 9: 215-223.
- 高槻成紀. 2000. シカ個体群の爆発と崩壊-自然現象を見る視点について-. 科学, 2000.12(印刷中)
- 高槻成紀・南正人・大西信正・伊藤健彦. 1998. 半野生ジカの給餌が栄養と個体群動態に及ぼす影響-1997年に起きた金華山島のシカの大量死-. プロナトゥーラ・ファンド第7期助成成果報告書:45-51.