長良川河口堰によって失われた環境の仮想評価The economic value of natural environment of Nagara River which was lost by the dam at the mouth

著者名Authors

長良川のCVMを実施する会Research group of CVM on Nagara River

粕谷志郎Shiro Kasuya・ 後藤理絵Rie Goto・ 纐纈真奈実Manami Kohketsu・ 増谷愛子Aiko Masutani・ 後藤順子Junnko Goto・ 伊藤まさよMasayo Ito・ 前田祥子Sakiko Maeda・ 末次由佳Yuka Suenami・ 長坂智美Tomomi Nagasaka

著者所属Affiliations

  1. 岐阜大学地域科学部 (岐阜市柳戸1-1)

要約Summary

Contingent Valuation Method(CVM)=仮想市場評価法によって、河口堰によって失われた長良川の自然環境の経済的価値を推定した。東京都1000通、名古屋市1000通、流域3000通の計5000通の郵送アンケートにより、ダブルバウンド方式で、税金で拠出する仮想法案にて価値を尋ねた。回収率は22.4%で、その結果、7兆6800億円を算出した。


The aim of this report is to estimate the economic value of Nagara River ecosystem that has been destroyed by estuary dam by contingent valuation method (CVM). CVM is regarded as the best method for estimating the non-use value of ecosystem, such as option value and existence value, at the present time. We conducted a questionnaire survey of the basin of Nagara River, Nagoya and Tokyo. The main query of this questionnaire is ”If Nagara River ecosystem were improved by removing the dam, could you pay ___ yen / year by tax.” We asked each respondent with the double-bounded dichotomous choice method. If the first response is yes, the second bid is greater than the first bid. While, if the first response is no, the second bid is smaller. We mailed a questionnaire to 5000 households in October 2000, and we got an answer from each 1126 household. We estimated the economic value of Nagara River ecosystem at 300 billion / year by using the Survival Analysis. The value throughout the future was estimated at about 7 trillion 680 billion yen if the discount rate of the public work is made to be 4%. This price seems to be higher than the other CVM-researches. Therefore, the importance of the ecosystem of the Nagara River should be reconsidered.

目的

今回の調査は、CVM(仮想市場評価法)という手法を用いて、河口堰によって失われた長良川の自然環境の経済的価値を推定することを目的とした。河口堰運用開始から5年が過ぎ、様々な環境への影響が指摘される中で、その失われた環境の価値に値段をつけようとする試みである。これによって、長良川の環境の経済的価値という新たな指標を提供し、また、河口堰運用の得失を考えるにあたって一つの手がかりを与えることができると思われる。

CVMとは

CVM手法は、現在のところ、生態系や動植物の非利用価値(存在価値)の便益を経済価値として算定する最適の手法であると考えられている。平成10年度の環境白書においても、「環境保全のために環境の機能を適切に評価する方法」として位置づけられている。米国では、CVMが様々な場面で用いられている。最近では、我が国においても、藤前干潟や吉野川下流域の自然環境の価値をCVMによって評価した例がある。

CVMはアンケートを用いて、一般市民に直接的に尋ねることで、環境の価値を金額であらわす手法である。例えば、「環境を回復させるために、あなたはいくら支払うことができますか」などと尋ね、その回答をもとに、環境改善によって得られる環境の経済的価値を評価する。

アンケートの実施

岐阜大学の学生等に、数回にわたってプレテストを実施し、アンケート内容を熟慮した上で、本アンケートを作成した。本アンケートは、2000年10月中旬に発送し、10月31日を締め切り日として実施した。総数で5000通のアンケートを郵送し、1118通の回答を得ることができた(回収率22.4%)。配付した地域と配付数は、東京都1000通、名古屋市1000通、長良川流域3000通(郡上郡、美濃市、岐阜市、海津町、桑名市)である。配布する地域は、長良川河口堰に対する認識度の違いや、長良川へのアクセス性等を考慮して、3つの区分に分けた。

アンケートの内容

アンケートの構成

  1. アンケート調査の目的等の説明
  2. 長良川河口堰の概要の説明
  3. 河口堰が自然環境に与えている影響の説明
  4. 設問
    • (1) 住んでいる地域
    • (2) 性別
    • (3) 年齢
    • (4) 同居している家族数と収入のある人の人数
    • (5) 世帯の年収
    • (6) 長良川を知っていたかどうか
    • (7) 長良川河口堰の役割について
    • (8) 以下の仮想法案に対する賛否。
      「河口堰を撤去して長良川の自然環境を回復させるという法案をつくるとします。この場合、塩害や水不足は河口堰以外の方法で解決します。この法案を実施するためには、あなたの世帯の税金が、年間___ 円上昇する必要があるとします。あなたはこの法案に賛成ですか、反対ですか。  この税収は、長良川の環境改善のみに使われ、この分、他の商品等が買えなくなることを念頭においてお答えください。」

質問は、長良川河口堰と同等の機能を持つ代替案によって、塩害や水不足を解決すると仮定した。これは、河口堰撤去によって、塩害や水不足が深刻化することを恐れて、法案に反対する人がでるのを防ぐためである。なぜなら、今回の調査で評価したいのは、長良川の自然環境のみだからである。回答者が自然環境の改善に対する価値のみを評価できるように質問を工夫した。また、今回のアンケートでは、支払手段に税金を用いた。税金方式を採用すると、税金に対する拒絶感等から、抵抗回答が増えると予想されたが、基金などの支払方法では、温情効果などのバイアス(ゆがみ)が生じやすいため、税金方式を採用した。さらに、ダブルバウンド住民投票方式を採用した。これは、法案に賛成の場合にはさらに高い金額を、反対の場合には低い金額を提示するという方式である。空欄に入る金額は、800円、3000円、5000円、1万円の4種類を用意し、回答者に無作為に提示されるようになっている。

支払意志額の推定方法

問8の「河口堰を撤去し、長良川の自然を回復させるために、年間___円の税金が必要な場合賛成ですか」という質問に対し、提示した金額について、(1)2回とも賛成、(2)1回目に賛成・2回目に反対、(3)1回目に反対、2回目に賛成、(4)2回とも反対とした人のみを、有効回答として扱った。有効回答とは、質問に無回答であったり、選択肢の「答えたくない」を選んだ人を除いた数である。また、(4)2回とも反対とした人のうち、「税金で払う必要はないから」、「寄付などの自主的な方法なら支払ってもいい」とした人なども除いた。これらは、「抵抗回答」と呼ばれるものであり、アンケートの支払方法に反対であったり、また、行政が支払うべきだから反対とするものである。抵抗回答をした人の中にも、長良川に守るべき価値を認めている人は多いと考えられるため、これらの人も有効回答から削除した。今回の調査において、抵抗回答をした人は多く、その中でも、行政の責任だから税金に反対とした人が多かった。

この有効回答をもとに、地域ごとに支払意志額を推定した。今回の調査では、ダブルバウンド住民投票方式を採用したので、この方式を分析するモデルの一つである「生存分析」(Stat View : Abancus Concepts, Inc.)により推定を行った。

さらに、これらの支払意志額にそれぞれの母集団である世帯数を乗ずることによって、長良川の自然環境の経的価値を表すことができる。毎年の環境価値であるため、社会的割引率によって現在価値化した。社会的割引率は、一般的に4%ヶ採用されている。

結果

地域ごとの回収率は東京都13.7%、名古屋市18.4%、長良川流域26.2%であり、地理的に離れると関心そのものが低くなる傾向がうかがわれた。

一世帯当たりの支払意志額は表1のように算定した。

表1. 一世帯当たりの支払意志額

表1. 一世帯当たりの支払意志額

さらに、支払意志額の総和は以下のように算定された。

  1. 長良川流域の支払い意志額(中央値)に岐阜県と三重県の世帯数を乗じた、二県の評価額、121億1千700万円と、
  2. 名古屋市の同値に愛知県の世帯数を乗じた、愛知県の評価額202億7千700万円を加えた、323億9千万円を、流域の支払い意志額とし、さらにこれに、
  3. 東京都の同値に、上記以外の地域の世帯数を乗じた、2748億4千700万円を加えた、3072億4千万円を流域外の意志額とした。

この値に割引率割引率の収束値25を乗じ、7兆6800億円を算出した。

考察

今回の調査で、一世帯当たりの支払意志額の中央値は、流域で9772円(表1)であったが、この金額は、これまで行われた国内のCVMと比べても、比較的高額の部類に入るといえる。しかも、この金額は毎年支払ってもいいという額なので、長良川の生態系への関心の高さがうかがわれる。また、これだけの金額を払ってまでも、長良川の自然環境を回復させたいと望んでいる人が多いことがわかる。今回、50%の人が賛成と答える中央値を支払意志額としたが、平均値は一般にこれよりも高い値になる。

長良川に関して実施されたCVMは、宮野らが始めてで、流域で5000~6500億円の推計値を得ている。

長良川以外のCVMの結果としては、藤前干潟の自然環境、名古屋市民 6555円/回/世帯、名古屋市民以外 10260円/回/世帯で、計2960億円(鷲田、栗山、竹内)、吉野川下流域の自然環境、吉野川流域 13964円/世帯、その他 5973円/世帯で、計2650億円(鷲田、栗山)などがある。

今回のCVMよって7兆円以上という長良川の失われた自然環境の経済的価値が推定された。この金額の大きさは、長良川の自然には、河口堰を撤去してまでも回復させるべき価値があるとの全国的な評価が下されたものと理解できる。

地域ごとの一世帯当たりの支払意志額は、流域で最も高く、次に名古屋市、東京都の順になった。対象地域へのアクセス性や、河口堰に対する認識の違いによってこのような結果が出たと考えられるが、東京都においても毎年6000円以上の税金を支払ってもよいと考えていることから、長良川の自然環境の存在価値は、地域特有のものでなく、全国的に価値を持つものであると考えられる。

しかし、得られた長良川の自然環境の価値に早急に社会的意味を求めることは、現段階では無理であろう。その理由として、CVMの日本における実績の少なさや、我が国の環境に対する価値観がCVM先進国の米国と異なること、また、税徴収の方法が米国と異なること等が挙げられる。だが、今回の調査により、直接的に、一部の一般市民の声を聞き、その中に、税金を新たに出してまでも長良川の環境を回復させたいと願う人々が多く存在したことは、重要な意味を持つと思われる。今回CVMによって評価した長良川の環境の経済的価値が、今後、長良川の環境を回復させたいと願う人々に新たな方向性を与えるのではないか。

文献

  • 栗山浩一.公共事業と環境の価値.築地書館.1997.
  • 鷲田豊明他.環境評価ワークショップ―評価手法の現状―.築地書館.1999.