吉野川下流域における環境現況調査Research of the present environmental condition in the downstream area of the Yoshino River

著者名Authors

吉野川環境ネットワークYoshinogawa-river eco-network

石井愃義Hiroyoshi Ishii1)・ 鎌田磨人Mahito Kamada2)・ 村上哲生Tetuo Murakami3)・ 黒田伸郎Nobuo Kuroda4)・ 徳永英樹Hideki Tokunaga5)・ 寺井久慈Hisayoshi Terai6)・ 小寺浩二Koji Kodera7)・ 井口利枝子Rieko Iguhci8)・ 森本康滋Koji Morimoto9)

著者所属Affiliations

  1. 1) 徳島大学総合科学部
  2. 2) 徳島大学工学部
  3. 3) 名古屋女子大学家政学部
  4. 4) 愛知県水産試験場
  5. 5) 徳島市庄町五丁目81
  6. 6) 名古屋大学大気水圏科学研究所
  7. 7) 法政大学文学部
  8. 8) 徳島市南昭和町四丁目703
  9. 9) 徳島市北佐古1番町1

要約Summary

吉野川の河口より約14.2~14.8kmにある斜め堰、第十堰より下流の汽水域を中心に、環境要因の調査を行った。

第十堰湛水池で、1999年7月に、堰湛水池への流入地点で堰直上よりもやや高いクロロフィルa濃度が観測された。今切川河口堰、旧吉野川河口堰におけるク ロロフィルa濃度は、常に他の地点よりも高く、その浮遊性藻類発生量は、底泥に蓄積された燐の量によって規定されていると推測される。また第十堰下流 でのクロロフィルa増加は、海側で発生した浮遊性藻類に由来すると考えられる。

河口からの様々な距離の、渡り鳥の飛来が多い4干潟でマクロベントスの種類、現存量などの調査を行ったところ、干潟により、またその中の流れ、底質に より、分布、生息の差が見られた。

州に成立している植物群落で多いのは、河口から上流に、ヨシ群落、アイアシ群落、オギ群落とセイタカアワダチソウ群落で、イセウキヤガラ群落、ヨシ群 落、アイアシ群落、オギ群落、セイタカアワダチソウ群落の順に、水面から高い所に分布する。総面積ではヨシ群落、オギ群落、セイタカアワダチソウ群落 の順であった。1966年以後、年々州の面積は減少、植被面積は増加し、州面積と植被面積との間に正の相関が強くなっている。


An environmental survey of the Yoshino River, mainly below the Daijuseki Weir, was performed.

  • 1) The biomass of planktonic algae in the main and subsidiary channels of the Yoshino River was surveyed by measuring chlorophyll-a density, and the characteristics of multiplication pattern were determined.
  • 2) Relationships between micro-environments on the tidal flats and the species and standing stock biomass of macro-benthos living on there were examined.
  • 3) Types of plant communities and their distribution on the delta were surveyed.

はじめに

吉野川の河口より約14.2~14.8kmにある斜め堰、第十堰より下流には干潟が広がり、汽水域に生息する多くの生物が見られる。この中には貴重な種が含まれているだけでなく、この地域は漁業の上でも重要な生産の場となっている。この汽水域最上端の固定堰である第十堰を、1km程下流に移し、可動堰化しようという動きが起こった。もし可動堰化が行われたなら、その影響はどのようなものであろうか。それを正確に予測するには、現況が正確に分かっていなくてはならない。また吉野川下流域には、第十堰可動化以外にも、農地防災事業による大量取水、2本の道路橋架橋、が計画されており、これらが環境に及ぼす影響も考えねばならない。しかし吉野川下流域の自然環境については、過去にはごく僅かな調査しか行われておらず、この地域の自然環境がどのようなものであるのか、十分に理解出来るところまでは行っていなかった。そこで様々な面から、環境要因の調査を行うことを企図し、水質、底質、地下水、植生、植物相、動物相、生物生産量、等を調べることとした。

方法

水質については、塩分濃度、水温、全窒素濃度、全燐酸濃度、クロロフィルa量を、第十堰上流の阿波中央橋、六条大橋、第十堰直上、第十堰下流の名田橋、吉野川から流出する支流の今切川河口堰、旧吉野川河口堰、の6地点に調査地点を定め、月に1回の測定を続けた。

底質については、干潟の微地形ごとに調査地点を設け、アクリルパイプによって深さ20cmのコア・サンプルを採取し、粒度分布を調べた。地下水については、第十堰周辺の浅層地下水の継続観測、約60個所の観測井戸における定期観測、4観測井戸における自記観測、および周辺地域での聞き取り調査、を行った。

植生については、空中写真で河口から第十堰までの河川敷の植生を区分し、代表的な部分で植生調査を行うと共に、植生図を作成することとした。また、過去における植生の存否を空中写真から読み取り、建設省の河床測量結果と合わせて、地形変動と植生変動の関係について考察した。

植物相については、調査区域内を歩き回り、視認出来た植物を記録した。

動物相については、魚類以外の脊椎動物に関しては視認により、魚類は漁業組合員による漁網、釣りによる捕獲、および漁業者からの聞き取りによって確認できた種を記録した。また底生動物については、干潟を主として、微地形に応じた各調査地点において、主に底質干出時にその底質をスコップで掘り上げ、篩に掛けて残った動物を同定、記録した。

生物生産量については、主要干潟に於いて底質を採取し、明暗条件下に置いて現地で保温後、溶存酸素濃度の変化から底泥付着藻類の純生産量を求めた。

結果

多くの調査が現在続行中であり、まだ結果がまとめられる、あるいは他と比較検討できる状況には至っていないが、比較的まとまりのある部分について報告することとする。

1. クロロフィルa量の変動

前記のように、第十堰上流の阿波中央橋、六条大橋、第十堰直上、第十堰下流の名田橋、吉野川から流出する支流の今切川河口堰、旧吉野川河口堰、の6地点と、2000年4月からは六条大橋上流の西覚円を加えた7地点に調査地点を定め、月に1回の測定を続けた。なお助成を受ける以前にも同じ調査を続けていたが、本報告では、その結果の一部も含めて示すこととする。

今切川河口堰、旧吉野川河口堰におけるクロロフィルa濃度は、常に他の地点よりも高く、2000年7月にも今切川で42.7μg/l、旧吉野川で35.2μg/lと高い値を示した(図1)。1999年は、それ以前や2000年に比べ、最高値は低かったものの、20μg/l前後のやや高い濃度が、5月から8月まで継続的に観測された。

図1. 今切川河口堰・旧吉野川河口堰における観測結果(1998~2000年)

図1. 今切川河口堰・旧吉野川河口堰における観測結果(1998~2000年)

この傾向は、本流の第十堰湛水池にも表れ、1999年5月から7月まで10μg/l前後のやや高い値が継続して観測された(図2)。また7月には、六条大橋で第十堰直上よりもやや高い値が観測された。六条大橋は第十堰湛水池への流入地点であるが、堰直上よりも湛水池への流入地点で浮遊性藻類が多く発生する例は、長良川河口堰でも観測されており、この期間には六条大橋地点で流速がかなり遅くなっていたことが推測されるが、1999年は夏期の雨量が少なく、吉野川本流、分流とも、流量が少ない状態が続いていたためと考えられる。

図2. 吉野川各地点における観測結果(1998~2000年)

図2. 吉野川各地点における観測結果(1998~2000年)

2000年は梅雨期に比較的雨量が多く、また9月にもまとまった降雨があったことから、クロロフィルa濃度の高い期間は短かったが、今切川河口堰、旧吉野川河1て年毎に浮遊性藻類の発生期間や発生ピーク量は異なるものの、年間を通しての総発生量には大きな変動が無いことを示唆している。以前我々の行った1997年までの調査で、この3地点の浮遊性藻類発生量は、底泥に蓄積された燐の量によって規定されているのではないか、と推測したが、今回の結果もこれを裏付けるものと考えられる。

第十堰下流の名田橋地点は、今回新たに調査したが、第十堰湛水池より高い値は3回観測されただけであった。したがって、第十堰湛水池で増殖した浮遊性藻類は、堰下流で希釈等により、密度が減少するものと考えられる。第十堰湛水池よりも高い値を示した2000年6月には、本流では、上流から下流に向かってクロロフィルa濃度が減少し、第十堰では0になっていた。また今切川河口堰、旧吉野川河口堰でもそれほど高い値は出ていなかった。これらのことから、この時は流量の低下は起こっておらず、浮遊性藻類の発生がほとんど起こっておらず、本流でのクロロフィルaは、上流から剥がれて流されて来た付着性藻類に由来することが推測される。したがって名田橋で見られたクロロフィルaの増加は、河川に由来するものではなく、海側で発生した別の浮遊性藻類に由来するものと考えられる。

このように、クロロフィル量から見ただけでも、現第十堰によっても、それより上流と下流とでは環境が分断されていることは否めない。

西覚円での観測例は僅かであるが、、六条大橋とほぼ同様の値を示していることから、この地点も第十堰湛水域に含まれていると考えられる。

2. 干潟におけるマクロベントスの分布特性

調査対象としたのは、河口から約5km(干潟Iとする)、約7km(干潟II)、約10km(干潟III)、約14km(干潟IV)の4個所の干潟(図3)で、いずれも渡り鳥の飛来が多い場所を選定した。

図3. マイクロベントス調査干潟

図3. マイクロベントス調査干潟

まず各干潟の表面を目視、及び踏査することにより、その表面の底質をシルト、砂、礫、粗礫に区分し、25m×25mのメッシュに分けた地図に記した。次に各干潟で、潮位60cmの際の水際で、各種底質に相当する地点に、各干潟7~8点の調査点を設定した。また各干潟ではワンド部と、流れに面した部分に調査点が配置されるように努めた。各調査点で、各辺25cmの立方体となるよう掘り取った底質を、1mmメッシュのふるいにかけ、残留物を80%エタノールで固定して持ち帰って、マクロベントスの検査に用いた。固定したものは、水洗後取り出したマクロベントスをさらに80%エタノールで固定し、保存した。

また、調査点隣接の各辺25cmの立方体より成る底質から、ランダムに底質を採取し、酸揮発性硫化物(AVS)濃度(嫌気化の指標として)、粒度組成の測定に用いた。AVS濃度は、底質のシルト含有率が高い程高いことが示されたが、マクロベントスの分布に影響を与える程ではなかった。さらに、調査地点の間隙水の塩分濃度、および各干潟の横の河川(ワンドを含む)表層水塩分濃度を測定すると、流路沿いではワンド部と同じかそれよりも高かった。また間隙水は、流れ沿いの調査地では河川水と同じかそれよりも高く、ワンド部では共にばらつきが大きいが、河川水の方が間隙水よりも高い地点もあった。

マクロベントスの種類数が最も多かったのは最下流の干潟Iの17種類で、上流に移れば移るほど種類数が減少する傾向が見られた(図4)。中でも甲殻類、ゴカイ類にその傾向が見られた。

図4. 各干潟の分類群別種数

図4. 各干潟の分類群別種数

各調査地点のマクロベントス分布状況は、ワンドと流路沿い、流路沿いの中では底質がシルト、砂の部分で、違いが見られた。各調査区当たりの湿重量による現存量を見ると、河口から約10kmの干潟において、またそのシルト環境において、多い傾向が見られた。また種によって好む底質、塩分濃度には差が見られ、たとえばヤマトオサガニは、現存量も1個体当たりの湿重量も、塩分濃度の低いシルト環境で大きいことが分かった。

各干潟で得られた底質別単位調査区当たりのマクロベントス現存量に底質メッシュ数を乗じて、各干潟全体のマクロベントスの現存量を推定すると、干潟IIの現存量が高いが、分類群毎に示すと、干潟IIIで多いものもあることが分かった。また底質が変わるようなことがあれば、生物種間によって現存量増減が異なることも予測された。

3.植物群落の成立と立地環境の変化

調査区域内の州の上に成立している植物群落は、河口域では全域にヨシ群落が見られ、河口から2~3kmの州でも大部分がヨシ群落であった。3~8kmにかけてはアイアシ群落が多く、6~14kmにかけてはオギ群落とセイタカアワダチソウ群落が多かった。中でもオギ群落は、河口より12km、セイタカアワダチソウ群落は13.9km地点にある州に最も多く分布していた。このほかにヨモギ群落、ノイバラ群落、セイバンモロコシ群落等が広く存在していた。総面積で見ると、ヨシ群落が最も多く、オギ群落、セイタカアワダチソウ群落がこれに次ぎ、その下にアイアシ群落と裸地が同程度に見られた。

ヨシ群落は州の水際、平均潮面(0.8m)の上0~2m、特に0~0.75mに分布し、そこより上の0~2.5m、特に0.75~1.25mにアイアシ群落、さらに上の0.25~3.75mおよび4.25~5m、特に1.25~1.5mにオギ群落、0.5~4.75m、特に1.5~2.25mにセイタカアワダチソウ群落が分布していた。また、州の水際には、イセウキヤガラ群落が点々と存在していた。

州の面積と植被面積との関係を見ると、1966年には州の面積が広く、植被面積との間に相関関係は見られないが、1975年になると州の面積が急激に減少するとともに、植被面積の増加が見られ、州面積と植被面積との間に正の相関が僅かに認められるようになった。さらに1986年になると、この傾向はより強まり、1999年に至っては、州面積と植被面積とは非常にはっきりした相関が示されるようになった。このことは、近年になればなるほど、州面積が狭くなり、植被面積は州面積によって決定されていることを示している。現在州が安定して来ており、植被面積が州面積に接近してきた、といえる。

建設省の河床測量結果から見ると、1966年以降、河床の最高値はごく一部で高くなる傾向が見られるだけであったが、河床の最深値は河口より7~14kmで年々深くなっており、河床の平均値も、河口より4.5~7.2kmを除いた全域で大幅に低くなっていることが示された。また、平均潮面の上0~2mにある州の面積が、1966年から1975年にかけて急激に減っていることも示された。これらは1970年代に建設が相次いだ上流のダムや、支川での砂防工事の影響と考えられる。

今後の課題等

現在なお調査を継続中のものが多いが、ここに述べたようにある程度まとまり、傾向等のつかめたものも、さらに継続して調査する必要があり、調査を繰り返す予定である。たとえばイセウキヤガラ群落については、面積等に、年によって大きな変動が見られることが分かってきており、その原因をつかむためには、さらなる調査と継続的な観測が必要である。