下北半島に生息する北限のニホンザルの生息数および全分布域の緊急実態調査Extensive survey on the distribution and population size of Shimokita monkeys
著者名Authors
下北野生ニホンザル研究グループStudy Group of Shimokita Monkeys
伊沢紘生Izawa Kohsei・ 足澤貞成Ashizawa Sadashige・ 森治Mori Osamu・ 和田久Wada Hisashi・ 中山裕理Nakayama Yuri・ 松岡史朗Matsuoka Shiro
要約Summary
- (1) 1999年12月と2000年3月に、下北半島に生息する野生ニホンザルの群れの数、総頭数、分布域の実態調査を行った。
- (2) その結果群れの数は20群、総頭数は約800頭、分布域は約410km2であることがわかった。
- (3) 天然記念物に指定された1970年代初頭に比べ、わずかこの30年間に、頭数は約4倍、分布域は7倍に増えた。
- (4) 以上のことから、猿害対策や保護対策は、これまでの市町村という行政単位を越えて、下北半島全域の問題として緊急に取り組まれるべき課題だと結論づけられる。
- (1) The Shimokita monkeys were surveyed to make clear the number of groups, total population and present distribution.
- (2) By the survey, 20 groups with about 800 individuals were found in the area of 410 square kilometers.
- (3) When compared with data in 1970, population size of Shimokita monkeys increased four times and distribution area enlarged seven times.
- (4) It needs rapidly that the countermeasure for the conservation of Shimokita monkeys will be worked out on the whole Peninsula.
INDEX
はじめに
下北半島に生息するニホンザルは、1970年6月に「天然記念物」に指定された。その当時は、半島の西北域に3群約120~130頭、西南域に3群約100頭しかいなかった。しかし、その後、徐々に増え、1985年前後からは分裂を繰り返し、1998年までの我々研究グループの調査結果をまとめたところ、17群732+α頭まで増えていた。また、かつては出会う機会がきわめて少なかったサルが、今では半島の広範囲で目撃されるようになり、農作物被害も頻発し、分布域の拡大も推測された。
このような現状の中で、天然記念物「北限のサル」の保護を考えるとき、半島全域での生息数と分布域を正確に知ることは、最も緊急かつ重要な項目の1つである。本研究はそのために計画され、プロ・ナトゥーラ・ファンドより調査研究助成を得て実施された。
1. 調査計画の概要
下北は12月中旬に根雪になる。木の葉が落ちて見通しがよくなり、雪上に足跡が付くので、頭数を数える助けになり、一方積雪はまだ浅いので車も十分に活用できる。
したがって、(1)予備調査(1999年12月20~22日):全域を車でまわって、積雪の状態や採食痕、足跡調査をもとに、調査員のグループ分け、各グループがカバーする地域の線引きを行う。(2)本調査(12月23~30日):グループごとに指定された地域の山々をくまなく踏査し、足跡、食痕の発見や群れの発見につとめて生息地域を明らかにし、足跡ないし直接観察で頭数や群れの構成をおさえる。またハナレザル、オスグループ、少数グループの発見にもつとめる。(3)補足調査(3月13~17日):本調査の結果を踏まえ、不足した地域の調査を行う。
2. 調査経過
本調査では、恐山以西の、薬研、下風呂、大間、佐井、脇野沢、湯ノ川をグループごとのベース・キャンプにして、生息の可能性がある地域の全体をできるだけ隈なく探した。そして、グループごとに、群れを見つけたら、その群れを追い続ける調査員と、隣接地域に他群がいないかどうかを探す調査員に分かれた。その結果、本調査期間中に、サルの生息が推定された地域の8割方がカバーできた。参加者は計87名、調査期間中に人の出入りはあったが、常時60~70名体制をとれた。また、雪は海岸沿いは全くなかったが、海岸と奥山の間のサルたちが冬期間一番良く利用する地域は数10㎝程度の積雪で、調査条件は割合良好だった。
補足調査では、本調査でカバーしきれなかった半島中央部・奥薬研地域一帯で未確認群の追跡を実施した。
3. 調査結果
(1) 群と個体数
群れの名前は後々の混乱を避けるため、従来から使われている名前を踏襲した。群れごとの個体数は、足跡のカウントないし直接観察のうち最も多いものを採用した。それをまとめたのが表1である。表1のカッコ内の数字は群れごとの個体数を示す。
表1. 群れの数と個体数

(2) 少数グループ、ハナレザル
4頭のグループが脇野沢で観察された。また6ヶ所でハナレザルが発見されたが、重複観察の可能性を除くと、最低3頭はいたといえる。広大な調査全域でハナレザルが3頭しか見つからなかったのは、交尾期直後でかれらがまだ群れに追随していたことによるのかもしれない。
(3) 総頭数
表1に示したように、O群とU群は今回の調査では見つからなかった。しかし、これまで継続してきた我々研究グループの調査では、1998年までずっと観察されていて、存在するのは確かである。U群は1997年8月の時点で30+α頭、O群は1998年8月の時点で21+α頭だった。また、今回の調査でM2b群は十分なカウントができなかったが、1998年8月の時点で27頭数えられている。
したがって、今回カウントできた群れの個体数(表1)と少数グループ、ハナレザルの頭数に、上記したO、U、M2b群の過去の頭数を借用して加えると、下北半島全体では約800頭と推定される。
(4) 分布域
群れが発見された地域の外周を囲むと、合計面積は約410km2であった。その結果を、比較の意味で、1923年前後、1970年代初め、1980年代初めのデータと併 せ示したのが図1である。この図から、この30年間に分布域が著しく拡大したことがわかる。また、現在の分布域は1923年前後のそれと近似しているといえる。
図1. 下北のサルの分布の変遷

4. 考察
以上の調査結果から、1970年以後今日までの30年間で、「北限のサル」は以下のように変化したことが分かった。すなわち、群れの数は6群から20群、個体 数は220~230頭から800頭へ、分布域の広さは60km2から410km2へと著しく変化した。
短期間でのこの変化は、日本の他地域のサルと比べても際立って大きいといえる。また、現在、分派行動などを頻繁に行って分裂の徴候を示している群れも最低2群(Z2とM1群)いるし、人口密度のより高い半島の東部、大畑川や川内川流域には、今のところサルの生息は確認されていないが、かれらの生息環境として良好な地域がかなりの面積ある。したがって、群れの数や個体数の増加、分布域の拡大という傾向は今後も継続する、ないし加速化する可能性がきわめて高い。
ということは、サルによる農作物被害やその他の被害が今後さらに多発し、より深刻な社会問題へと発展していくことが予測される。それに健全に対処し、将来にわたって「北限のサル」を保護していくためには、これまでのような市町村を主たる単位とした取り組みでなく、行政区分を越えて、半島のすべての市町村と県と国とが一体となり、早急に将来への保護指針とそのための具体的対策をまとめ、下北の全住民に誠実に合意を求め、また、広く一般に公開し、NGOをはじめあらゆる方面へ支援を積極的に呼びかけるべき時が来ているといえるだろう。