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東中国山地におけるツキノワグマの生態調査

兵庫のけもの研究会

片山敦司

Ecological survey of Japanese black bears (Ursus thibetanus) in Eastern Chugoku Mountain Area

Hyogo Wildlife Research Group

Atsushi Katayama

東中国山地に生息するツキノワグマの行動様式と利用環境を把握するためにラジオテレメトリー調査による行動追跡調査を行った。調査の開始は1994年で1997年秋季の段階での調査個体はオス8頭、メス7頭であった。1998年度に実施した捕獲では、オス4頭、メス2頭について電波標識の装着・交換を行った。1994年〜1998年の間に1年以上の連続追跡調査ができた個体はオス7頭、メス5頭で、最外郭法により求められた年間行動圏の平均値はオスで31.5km2、メスで6.9km2であった。オスの行動圏は年次的に大きく変動するものがあり、餌資源量の年次的な変動により行動圏の大きさが変化したと考えられた。オスの行動圏の拡大は秋季に認められ、行動圏の拡大とともに低標高地への移動と一時的な定着が認められた。

はじめに

東中国山地(図1)のツキノワグマ個体群は、生息頭数が100〜150頭程度と推定され、地域的に孤立していることから「保護に留意すべき地域個体群」に指定されている(環境庁, 1991)。これを受けて同地域を所管する兵庫県・鳥取県・岡山県では独自の調査を実施して生息実態の把握に努めているところであるが、地域全体の生息状況を継続的にモニタリングする体制はできていない。

図1.調査地域位置図
図1. 調査地域位置図

そこで、本会では同地域個体群のツキノワグマの生息実態をより正確に把握することを目的として、1994年よりラジオテレメトリー法を用いた行動追跡調査を行ってきた。本事業はこの調査の継続調査に位置づけられ、ツキノワグマの行動様式と利用環境の経年的変化を明らかにすることを目的として既に電波標識を装着した標識個体の追跡調査と新たな個体への標識の装着を目的とした学術捕獲調査を実施した。これら追跡個体の行動を分析するにあたっては過去数年間の情報が必要であることからこの報告書では本事業年度のみならず1994年〜1998年のデータを合わせて分析を行った。

調査方法

1994年〜1997年に電波標識を装着して1997年秋季に追跡可能な状態にある13頭(オス8頭・メス7頭)を追跡対象とし、ラジオテレメトリー法により週1回の活動点の測定を目的に調査を行った。また、学術捕獲許可による捕獲檻の設置を行い、捕獲個体への電波標識の装着(再捕獲個体については標識の交換)を行った。捕獲された個体については外部計測と生体検査材料の収集を行い、個体情報の集積に努めた。

表1. テレメトリー調査の対象個体と調査期間
表1.テレメトリー調査の対象個体と調査期間

調査結果および考察

1. 捕獲および調査状況

1994年6月から1998年9月までに捕獲された延べ54頭のツキノワグマのうち合計24頭に電波標識を装着した。このうち、本事業期間に捕獲された個体はオス9頭、メス2頭であり、そのうちオス1頭、メス1頭は再捕獲個体であった。また、昨年度の捕獲個体のうちオス1頭と本年度の捕獲個体のオス2頭は果樹園の食害の加害個体で被害防除のための移動放獣を目的として捕獲され、捕獲地から数キロメートル離れた地点で放獣された。

電波標識を装着した個体の追跡期間を表1に示した。本事業期間中に電波標識の装着・交換を行った個体はオス4頭・メス2頭であったが、追跡調査期間中に電波標識の脱落・発信電波の停止などがあり、事業期間中に通年の追跡調査が可能であった個体はオス7頭・メス5頭であった。また、通年の追跡が可能であった個体の中にも調査期間中に個体の移動により追跡不能となる期間があった。

2. 行動圏の大きさと年次的変化

1994年以来、通年の追跡調査が可能であった個体について各年度の活動点の外縁を結び、最外郭法による行動圏の大きさを算出した。年間の行動圏の大きさの平均値はオスで31.5km2(N=18)、メスで6.9km2(N=15)であった。これらの値は他の地域の調査結果(自然環境研究センター, 1995)と比較して低い値であるが、その理由として氷ノ山を中心とする山塊がクマの生息地として適しており行動圏が比較的狭い面積で完結しうることが考えられた。また、一部のオスでは行動圏の拡大に伴い地形的に追跡が困難となり、面積が過小評価されていることも考慮する必要がある。しかし、メスではほとんどの場合に追跡が可能であり、上記の数値は当地域での行動圏の大きさを正しく反映していると考えられる。

メスの行動圏の多くは捕獲地である氷ノ山東側斜面で完結し、行動圏の多くはその一部分が隣接する他個体の行動圏と重複していた。一方、オスの行動圏にも他個体との重複が見られ、その大きさには個体差や年次的な変動が顕著に見られた(図2)。

図2.最外郭法による行動圏面積
図2. 最外郭法による行動圏面積

一部のオスの行動には秋季に行動圏の拡大と低標高地への移動を伴うものがあり、同じような季節的移動を数年続けて反復する個体も認められた。

オスの行動圏の大きさは、1995年の平均値が45.0km2(N=3)、1996年で44.0km2(N=6)、1997年で13.5km2(N=5)、1998年(11月まで)が25.2km2(N=4)であった。1997年は東中国山地ではミズナラなどの堅果類の結実状況が良好で、追跡個体の行動圏は秋季に拡大することなく氷ノ山の山麓部で完結した。一方、1998年は堅果類の結実状況が不良で里山へのクマの出没事例の報告数が例年の数倍に達したが、追跡個体の行動圏の面積には著しい拡大は認められなかった。行動圏の面積は餌資源の量と密接な関係があることが予想されるが、本事業では資源量の評価をするまでには至らなかった。行動圏の年次変動の要因を明らかにするためには食物資源量の数的評価基準が必要であり、それは今後の課題である。

3. 生息環境の利用形態

テレメトリー追跡調査個体の利用環境は以下のように要約される。

・ほとんどの個体は冬季に氷ノ山を中心とする高標高地に移動し、標高1000m前後またはそれ以上の積雪量の多い地域で越冬した。越冬環境は十分に把握されていないが、ミズナラなど落葉広葉樹の樹洞、根元にできた土穴などの利用が認められ、越冬地周辺の環境は落葉広葉樹と針葉樹(植林)の混在している傾斜地が多かった。これらの地域の多くは多雪と険しい地形のため人間による侵入(攪乱)がなく、比較的安定した環境にあることからツキノワグマに選択的に利用されていると考えられる。

・4月初旬〜5月初旬に冬眠が終了すると推定され、越冬終了後から夏期にかけては比較的標高の高い地域で行動するものが多かった。この時期に利用される環境も落葉広葉樹と針葉樹(植林)の混在する地域である。繁殖期と考えられる7月前後にはオスとメスの行動圏は明らかに重複し、不特定の個体で活動点が接近する例が他の時期と比較して多く認められた。

・秋季(8月下旬〜12月初旬)には雌雄ともに低標高に移動し、人家近くの果樹を利用する個体が認められた。低標高地への移動はオスに顕著に見られ、氷ノ山山塊より数キロメートルから十数キロメートルの移動と移動先での一時的な定住が複数の個体で認められた。また、先に述べたように行動圏の拡大には餌資源の量との関連が予想され、低標高地への移動の距離と期間には年度によるばらつきが認められた。これら秋季における低標高地への移動は農業被害、人家近くへの出没などの被害問題と関連することから行動様式とその要因をより具体的に把握する必要がある。

4. 移動放獣および効果測定

本事業の直接の調査目的にはないが、行政からの要望と当地域におけるツキノワグマの被害対策の必要性から、本事業の期間中に3頭のツキノワグマの移動放獣を行った。ここで言う移動放獣とは、養蜂・果樹などの農業被害の対策として被害地においてツキノワグマを捕獲し、被害地から離れたところで放獣することによって被害の発生を防ぐ作業のことを言う。単なる移動放獣だけでは再被害の発生の可能性があり、放獣時に負の条件付けとして忌避スプレーの噴霧などツキノワグマに不快な体験をさせて人間への警戒心を高め、農作物に対する嗜好性を減退させることも試みている。

以上の移動放獣事例からは、ツキノワグマの餌への執着性が強い場合は、容易に餌をとりうる環境がある限り再被害がおこる可能性が高いことが示された。また、効果測定から若い個体ほど学習効果が高いことが予想され、年齢に応じた対策方法の検討が必要であると考えられた。

今後の課題

本事業は東中国山地におけるツキノワグマの行動様式・利用環境を把握することを目的として行われた。その結果、行動圏の大きさと年次的な変動、各季節ごとに利用される代表的な環境を把握することができた。しかし、これらの情報は調査頻度の限界、ラジオテレメトリー法という調査技術のもつ精度の限界から必ずしもツキノワグマの生態を十分に明らかにしたものとは言えない。

東中国山地など孤立したツキノワグマの地域個体群の保全のためにはより具体的かつ効果的な保全策が求められている。特に被害問題の行政的対応として移動放獣が積極的に導入される傾向にあるが、この手法はあらゆるケースに効果的であるとは言えず、被害状況・生息地の現状・加害個体の特性などを考慮した上で実施の可否が検討されるべきである。

その意味で地域におけるツキノワグマの生息状況と生息環境をある程度の水準で常に監視していくことが必要である。本事業は生息状況の基本的な部分を概観したものであるが、このような基礎調査がある程度の時間的間隔をもって体系的に反復される必要がある。

おわりに

東中国山地では市民による保護活動が数年前か活発となりツキノワグマと人との共存に関する問題意識が高まっている。しかし、生息環境の整備・非致死的被害防除法の普及などの共存策の導入は試行錯誤の段階にあり、これらの方策を有効なものとして定着させるには責任ある実施母体の存在が不可欠である。

本事業はツキノワグマの生態を明らかにすることで地域個体群の保全に貢献することを目的としているが、調査結果が生かされるか否かは地域の同意のもとに共存策が具体化されるかどうかにかかっている。その意味で活動の実施母体となるべき行政・研究機関・NGOの協力体制を強化する必要性が強く感じられる。

参考文献

日本の絶滅のおそれのある野生生物(1991)環境庁編

野生鳥獣による農林産物被害防止等を目的とした個体群管理手法及び防止技術に関する研究・ツキノワグマに関する研究報告書(1995)財団法人自然環境研究センター

Summary

Ecological survey of Japanese black bears living in Eastern Chugoku Mountain Area was carried out to research behavior and habitat use selection by radio-telemetry tracking method. 15 bears including 8 males and 7 females were tracked and 6 bears including 4 males and 2 females were newly captured to attach or exchange radio-collars during the season from Octbor 1997 to September 1998. Among these bears, 12 bears including 7 males and 5 female have been tracked for several years, making it clear that the average size of male bear's habitat is 31.5 km2 and that of female is 6.9 km2. Habitat size of some male bears change annually and the reason is presumed to be the change of the amount of foods in habitat. Some male bears move to the lower area in autumn and stay there until snowy season.

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