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「小笠原空港は、なぜ兄島でなければならないか」 自然保護上の3つの重大な問題点を指摘

1995.04.01
解説

会報『自然保護』No.395 (1995年4月号)より転載


1995年2月6日、鈴木俊一東京都知事は「東京都多摩島しょ振興推進本部会議」を開催し、小笠原空港の建設予定地を「最終的に兄島とし、父島とはロープウエーでつなぐこととする」と決定した。この決定には、自然保護上重大な3つの問題点がある。

第1は、4年前に第6次空港整備5カ年計画が策定された際、島の特異な自然を考える場合、自然保護と空港建設の両立は不可能ではないかという議論が起きた兄島が、再び建設地とされたこと。東京都が作成した環境調査報告書では、「どの島もそれぞれ貴重であり、他の島との比較において、特定の島が空港建設によって動植物への影響を強く受けるとはいえない」とし、兄島でも問題なしと結論づけている。

第2に、空港の規模についての前提条件が固定されたままであること。小さい島の環境容量を超えると思われる規模の計画が、今回もそのまま採用されている。

第3に、無人島である兄島に建設される空港から父島への交通手段として、国立公園の特別保護地区を含んだ形でロープウエーを建設する計画が加わり、さらに自然保護上の問題が増えたことである。

小笠原諸島は、大陸から1000km以上も離れた位置にあり、かつて一度も大陸と陸続きになったことのない”大洋島”である。そのため、隔離された島の環境に適応して生き残った、世界でも小笠原でしか見られない数多くの個有種の重要な生息・生育地となっている。

なかでも無人島である兄島とその周辺海域は、人間による改変がすすんだ他の島と比べて、相対的にも貴重性が高まっている。このため、自然保護関係者や学会、研究者から、厳正保護の必要性が繰り返し指摘されてきた。

兄島は周囲を崖で囲まれ、上部は台地状となっている。ここには、小笠原固有の”シマイスノキを中心とする乾性低木林”が広がっている。これは、土壌が浅い乾性立地に成立する常緑硬葉の低木林で、小笠原でしか見られない植生である。父島にも乾性低木林はあるが、長い年月にわたるさまざまな開発や野性化したヤギの群れによる採食圧によって、その分布は次々に狭められてきた。

一方兄島は、台地状と山頂部の大部分が今もこの低木林に覆われ、そこを生息地とする動物も含めて固有種の宝庫となっている。それは、太平洋戦争の戦前・戦中の一時期を除いて、ほとんど人為にさらされたことがない無人島だったからである。

しかし1972年の国立公園指定の際、将来の利用を見越して、この台地上の低木林部分は開発規制のゆるい「普通地域」に区分されてしまった。この地種区分については、東京都が都立大学の研究者グループに委託して行った「第二次小笠原諸島自然環境現況調査報告書」(1991)をはじめ、格上げを求める声が強いが、見直されないまま現在に至っている。

そもそも、兄島に1800mの滑走路をもつ空港を建設するという方針は、88年6月の小笠原返還20周年式典の際に鈴木知事が発表したものである。小笠原と本土をつなぐ交通手段は、現在は6日に1便、片道約29時間を要する定期船のみで、救急医療や産業振興など島の自立発展を望む島民にとって、航空路の開設は悲願である。

しかし、その施設を「兄島」に建設することは、自然保護上の大きな問題とされてきた。NACS-Jも、90年9月に事業主体である東京都、空港建設を要望する小笠原村、空港事業を認可する運輸省、国立公園を管理する環境庁に対して意見書を提出し、建設位置と計画規模の再考を強く求めた。これに対して都は、基本的な計画を見直さないまま、91年秋に運輸省の第6次空港整備5ヶ年計画(91-96年度)にこの計画を申請した。

そこでは、やはり自然保護上の問題が論議されていた沖縄県石垣島の新空港計画などとともに、未解決の課題がある計画として正式な新規事業には組み入れられず、「予定事業」という新しい枠組みの中で採択されることとなった。こうして、それまではなかった枠が設けられたのは、空港という公共事業において環境保全上の問題が重視された異例の対処といえる。

小笠原空港が予定事業となったことで、東京都は国から次の3つの課題について再検討を迫られた。それは「環境を踏まえた地域計画の策定と、空港計画における需要の見通し」「空港計画の熟度(自然環境に配慮した建設位置と規模など)」「用地造成費地元負担方法」を明確にすることである。

そこで都は、環境容量調査をはじめ6つの調査を企画し、父島・母島・兄島・弟島の4島に再度候補地を設定して3年間の調査を実施した。その結果として、再び兄島を選んだのである。

東京都総務局はその理由を、
1)兄島中央部は、国立公園の中でも開発規制がゆるい普通地域に指定されている、
2)兄島は、造成工事の際の総土工量が最も少なく経済的である、
3)ロープウエーは、海域を含む自然環境への影響が少ない、
4)兄島は、すべて未利用地の国有林であり、民有地がないので用地の確保
が容易である、などとしている。

東京都が選定の根拠にした環境現況調査については、小笠原自然研究会(会長・加藤英男/東京都立大学名誉教授)が「この報告書では、自然の評価を貴重種の有無のみに限定し、その種の現状や背景を一切無視している。そのため、二次林の中に一個体残っている場合と原生林の中に多数存在する場合とに、同じ重みをもたせるといったナンセンスな評価がされている。これは兄島の自然も他の島々と変わらないとする意図的な操作としか思えない」と、都知事に提出した意見書の中で指摘している。

また、環境庁国立公園課では「都の決定は調査結果と矛盾する一方、ロープウエーの建設予定地は特別保護地区にあり、簡単には許可できない」として、都に異例の経緯説明を求めた。(95年2月8日付・毎日新聞)

この問題の解決には、昨年12月に制定された環境基本計画の「生物の多様性の確保と野生動植物の保護管理」などの理念や目標を踏まえた上で、いろいろな調査結果を分析し、最も自然への影響の少ない候補地を見つけ出す、という手順を踏む以外に方法はない。

東京都が、科学的に妥当性の低い環境調査結果を根拠に、経済性を優先した判断から問題点は解消したとする方法をとり続ける限り、小笠原の人々が必要とする航空路の開設は、実現から遠のくばかりではないだろうか。

(まとめ  横山隆一・中井達郎・志村智子・芝小路晴子/NACS-J事務局)

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