建設省の河川行政のあり方の転換
こうした長良川河口堰問題の社会的関心の高まりは、建設省内にも旧来型の河川管理の方法に疑問を持つ人々を誕生させました。長良川で指摘された数々の河川管理の問題から、「河川管理計画における環境影響への配慮は、もはや無視できないところにある」という認識は、やがて河川局全体へと広がりました。政府内でも、地球サミットなど国際的な地球環境問題への参画や、「環境基本法」の制定などを受けて、建設行政においても、環境に配慮することを明記した「環境政策大綱」が1994年に建設省決定され、97年の河川法改正で「環境保全」「地域住民の意見の反映」の観点が盛り込まれることへとつながっていきました。

長良川では、その後も建設省、反対し続けたNGO、市民グループ双方によりさまざまな影響調査などが行われつつも、河口堰の建設自体は95年に本格運用が開始されるという結果になりましたが、北海道千歳川放水路計画の中止や全国の巨大ダム・河口堰建設計画の見直しへ大きな契機となりました。国土交通省近畿地方整備局によって設置された淀川流域委員会(2001年設置)など、水系の「河川整備計画の案」の策定時に学識経験者や住民の代表から意見を聴く場がもたれるようにもなり、計画されているダム事業の見直し提言が活発になりつつあります。
長良川河口堰計画で高まった河川保護の機運
高度成長期、都市への人口集中による水需要の高まりや、平地の洪水の被害を抑制するために、「特定多目的ダム法」(1957年)、「水資源開発促進法」(1961年)といった法律が整備されました。川への公共投資は治水・利水を兼ねる多目的ダムや堰の建設に集中していく中で、長良川河口堰の計画が浮上しました。河口堰建設構想が表に出ると、まず流域の漁業協同組合の激しい反対が動き噴き出しました。反対運動はやがて漁業関係者だけでなく、釣りやカヌーを愛好する人たち、研究者、ジャーナリスト、作家、芸術家、弁護士など、広範な人々へ急速に浸透し、建設差し止めのマンモス訴訟にまで発展していきました。しかし、事業主体である建設省・水資源開発公団は計画通りに建設事業を進め、1988年に着工しました。
NACS-J河川問題調査特別委員会の設置
こうした、巨大開発の進行とNGOの活動、社会的関心の高まりを受け、日本自然保護協会は1989年末「河川問題調査特別委員会」設置し、下部組織として専門委員会である「長良川河口堰問題専門委員会」を置き、全国の河川をめぐるさまざまな問題について調査・検討を行い、河川環境保全のための新しい指針をまとめました。魚類や植生などの生態学、河川工学、水問題、砂防・災害問題などの専門家が集結し、「河川を上流の森林から海まで一連の生態系として捉える」ための科学的検討を続け、まず長良川河口堰の建設がもたらす環境への悪影響を中間報告としてまとめました。
今でいう、「工業事業の見直し勧告」に、事業主体である建設省・水資源開発公団は2ヶ月後に「長良川河口堰について」という文書を発表し、堰着工後にして初めて議論の糸口ができました。その後、NACS-Jは意見書や委員会がまとめた『長良川河口堰事業の問題点 第2次報告書』を携え、地方や本省の河川工学を基礎とする担当者に、河川を分断する治水・利水のあり方が及ぼす影響について、生態学や自然環境保全の面からの解説や説得を行い続けました。