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特集「生物多様性への道のり」その8 レッドデータブックづくり

2001.04.01
解説

生物の多様性を保全する”武器”は広がる


生物多様性とレッドデータブック

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私たちは、生物からさまざまな恩恵を受けて生き長らえている。人間も生物に違いないが、人間ほど他の生物にその存在を依存して暮らしている生き物も他にないだろう。「生物資源」とか「自然資源」という言い方をするのはそのためだ。生物の世界は、人間が把握できない複雑さで絡まりあい織り込みあい、それゆえに安定性を維持してきたといえる。これが「生物の多様性」である。

しかし、人間を含めた生物の生存基盤であるこの生物の多様性は近年、かつてないスピードで失われていっている。それも人間の生産活動や乱用、破壊活動によって世界的規模で起こっている。自分で自分の拠って立つ足場を壊していっていることになり、これを少しでも押し留めようとする努力が「生物の多様性を守る」ということである。

一方、「レッドデータブック(RDB)」と呼ばれる絶滅に瀕した生物のリストがある。生物の多様性の健全度・不健全度をはかる一つの有力な指標だが、RDBと生物の多様性は必ずしも出発点は同じではなかった。絶滅種への危惧は、「生物の多様性」というキーワードが登場するかなり前から言われていた。55年には早くも「日本における絶滅に瀕した動植物レポート」の提出がIUPNから当協会に求められている。

絶滅のおそれのある種をリストアップする目的は、まずは多くの種に絶滅の危険性が高まっている現状を明らかにしそれらの種への関心を呼び起こすことにあるが、その先、どの種を優先的に保全すべきかを論理的に示した上で、その保全プログラムを計画し遂行することまで含んでいる。そのために絶滅の危機に瀕している動植物種をリストアップしたのがRDBだ。最初のものは、66年、世界的に絶滅が危惧されている哺乳類と鳥類についての概要をIUCNが記述したのが最初で、現在までにIUCNのRDBには、およそ60000の植物類と2000の動物種が記載された。これらはワシントン条約など国際条約の基礎資料としても広く活用されている。

NGOが先鞭つけた日本のRDBづくり

日本でのRDBの作成に関しては、IUCNとの密接な交流があったこともあり日本自然保護協会がリーダーシップを取った。国際的にRDBづくりが始まった頃より、日本でも国レベルで行うべきだとの考えをもっており八七年からWWFジャパン(世界自然保護基金日本委員会)のスポンサーシップのもとで本格的に調査を開始した。NGOが先鞭をつけたことは画期的なことだった。

日本で最初のRDB作成の特徴は、はじめから「植物群落レベル」を対象にしたことにある。作成のために組織した委員会名は「植物種および植物群落の研究委員会」。生物の多様性は、種内の多様性・種間の多様性・生態系の多様性に分けられるが、そのなかで「生態系の多様性」で捉えようとしたのである。
IUCNによるRDBがいずれも種レベルだけであることからすると、日本のNGOが最初に手がけたRDBの特徴がより鮮明になるだろう。

このような性質のRDBづくりを採ったのは、”「場」を伴った生物の多様性が消えかかっている”という認識からである。これを明らかにする根拠、保全のための”武器”としてRDBを使いたいという戦略があった。この戦略は、「国際生物学事業計画(IBP)」が陸上の生物群を”かたまり”として残していく方向性を示したことに大いに学んでいる。そのための保全は、ある「種」だけが対象でなく地域レベルで考えなくてはならない。

こうして作成された最初のRDB植物群落編は、1989年に日本自然保護協会とWWFジャパンが共同発刊したもので、日本の野生植物の17%にあたる895種が絶滅の危機にさらされていることが明らかになった。環境庁も同時並行的に動物種のRDBづくりを行ない、脊椎動物編と無脊椎動物編を1991年に発刊した。それによると、脊椎動物の283種、無脊椎動物の410種に絶滅のおそれがある。これらのRDBが根拠となり、1992年(平4)年「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」が制定された。この法律は、守るべき指定種や生息地保護区の選定場所が少ないといった欠点はあるものの、危機的状況を少しでも改善すべく効果的な運用が期待されている。

地域レベルのRDBづくりも始まっている。ほとんどの都道府県で作成されており、特に動物種、植物種以外に植物群落、地形・地質、自然景観の項目まで入った兵庫県や、地形・地質までも網羅した三重県のRDBが注目される。

新しいタイプのレッドデータブック

自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会が1996年(平8)に発刊した「植物群落レッドデータブック」には、立地や群落の構造が典型的なもの、地理的分布に限界にあるもの、群落としてもともと希少なものや特殊なものや学術的に価値があるもの、などが挙げられている。生物多様性を「場」でとらえる内容をさらに深化させたものである。

このRDBの目的は、さまざまな植物種の集まりである植物群落を自然の重要な構成要素と考え、植物群落そのものの多様性を守ることにある。このことは森や草原、湿地など、さまざまな植物群落に棲むさまざまな生物種を守ることにつながる。そもそも生物種が絶滅に追いやられる状況になったのは、多くの場合、その生息地が破壊されたからだ。

さらに、さままざな植物群落の組み合わせを含む多様な生態系を守ることも目的に含まれる。個々の生物は、周辺のさまざまなものとの関係のなかで生きている。同じ類どうしの関係、違う種の生物との関係、そして水や土や大気といった周辺の非生物的な環境との関係。緊急に保護保全が必要な植物群落リストを作成することは、これらの関係すべてを保護することにつながるといえる。このように、植物群落RDBは、個別具体的な「場」をともなう対象の多様性保全を目的としている点が、「植物種」や「動物種」にはない大きな特徴だ。ほかに、保存されるべき地形をリストアップした「日本の地形データッブック」(1994年)があり、このタイプに分類できる。

生態系の保全は文化へ社会へ

自然のみならず、今や文化的ランドスケープの多様性保全も視野に入れらるようになってきた。地中海地域において生態系を景観のひとまとまりとしてとらえたランドスケープのRDBが作成されたり、ドイツではビオトープレベルのRDBが試みられている。

(*ビオトープ:野生生物が自立的に存続できるような生態系からなる地域空間)

保全の対象が種や自然生態系レベルから、半自然的・文化的ランドスケープレベルへと広がることは、より複合的な人の問題として、生態系的なものから文化的、社会経済問題へとその概念や方法までも拡大しつつあることを意味している。

今後は、ここに紹介した植物群落、ビオトープ、ランドスケープといったそれぞれのRDBを、生物多様性保全体の枠組みのなかでどのように位置づけるかの検討も必要だろう。多くの課題はあるが、新しいタイプのRDBは、自然利用(土地利用、水利用などを含む)を適正なものにする上で重要な役割を果たし、地球全体の自然利用管理計画を考える上で不可欠なものになるだろう。

(島口まさの+保屋野初子)

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