報告
更新日:2000.10.06
アンマン・レポート 3 保護のために『危機に瀕した世界遺産リスト』にのせるべき」~世界遺産会議から~(2000.10.6)

今朝、ホテルからタクシーに乗ったところ、渋滞もクラクションの洪水もなく、いやにスムーズに走っている。運転手から「お休みですか?」と聞かれたので、「いえ、ビジネスです」と答えたら、「じゃあ、いつ休みですか?」と聞かれた。「日曜日ですよ」と答えたら、「へえ、そうですか?」と来た。会場に着いてから、リコンファームのため、何度か航空会社に電話するが、呼び出し音がむなしく鳴るだけ。そういえば、会場の国立競技場に小学生くらいの子供たちの姿がたくさんみえる。そこでようやく、運転手との会話を思い出した。イスラム社会では、金曜日が休日だったのだ!お隣のイスラエル(ユダヤ社会)では、土曜日が休日。日曜日が休日なのは、キリスト教社会の風習だ。運転手は、私たちが日本人と知った上で、仏教社会(もしくは神道社会)では、何曜日が休日なんだろうという興味からあの質問をしたのであった。「日曜日ですよ」という答えはいささか彼をがっかりさせたようである。いっそのこと、「日本人の休日は盆と正月だけ」と言ったほうが、彼の期待に添った答えであったかもしれない。
閑話休題。
今日の世界自然保護会議は、IUCNの会員総会を兼ね、1996年のモントリオール会議から昨年までの3年間の事業報告・決算報告というちょっと退屈な議題である。近くのリージェンシーパレスホテルで、ユネスコとIUCNが主催して、「危機に瀕した世界遺産リストの役割~世界自然遺産保全の国際協力を推進するために」と題する会議があると聞いたので、そちらに顔を出すことにした。
ホテルのペトラルーム(インディージョーンズの撮影で有名になったあのペトラの遺跡からとった名前だ)に行くと、ユネスコ世界遺産センターの自然遺産チーフのイシュワラン博士、IUCNの自然遺産チーフのシェパード氏、元IUCN保護地域委員委員長で世界遺産センター自然遺産担当もしたアイズビック氏など、かつてNACS-Jが世界遺産条約キャンペーンを繰り広げたときに来日した、なつかしい顔がそろっていた。
ヨルダンのユネスコ国内委員会の挨拶に続いて、まず IUCNのシェパード氏、ユネスコのイシュワラン氏から、「危機に瀕した世界遺産リスト」に関するプレゼンテーションがあった。
世界遺産条約には、自然遺産・文化遺産のリストがあり、日本では白神山地・屋久島、法隆寺・姫路城などが登録されていることは、誰もが知っている。しかし、危機に瀕した世界遺産リストというもうひとつのリストの存在は、一般にはあまり知られていない。これは、世界遺産リストに掲載された自然遺産・文化遺産の状態をモニタリングし、戦争・災害などなんらかの理由で、危機に瀕した状態になっていることがわかった場合、国際社会の注意を喚起し、保全のための国際協力を促すためのリストである。もともと、世界遺産条約は、アスワンハイダムに沈むヌビアの遺跡を国際協力で守った経験などから生まれた条約なので、危機に瀕した世界遺産という発想は最初から念頭にあったのであろう。このリストには、エクアドルのサンガイ国立公園、インドのマナス国立公園など、開発途上国の世界遺産があげられているが、イエローストーン国立公園、エバーグレーズ国立公園など、米国の国立公園もリストに入っている。イエローストーンは国立公園内の採掘問題、エバーグレーズはハリケーンによる自然災害がその理由である。
IUCNとユネスコが主催して開いた
「危機に瀕した世界遺産リスト」の会議の様子
IUCNのシェパード氏は、「危機に瀕した世界遺産リストに挙げられることを不名誉なことだとネガティブにとらえずに、保全のための国際協力を促すための機会としてポジティブにとらえよう」と呼びかけた。またユネスコのイシュワラン氏は、「危機に瀕した世界遺産リストは、世界遺産リストから登録抹消する際のプロセスでもあるため、当事国の承認を得にくい。また文化遺産の場合、観光のイメージを損なうため、たいへん困難をともなう」と述べた。例えばネパールの首都カトマンズは、町そのものが世界遺産となっているが、これを危機に瀕した世界遺産リストに入れようとするとたいへんなことになる。何しろ、危機に瀕した世界遺産は英語では、"World Heritage in Danger"なので、リストに挙げられると「危険な町」という烙印を押されてしまうことになるのだ。
続いて、危機に瀕した世界遺産を管理する各国の関係者から、次々と発表があった。エクアドルの環境大臣からは、アンデス山脈のサンガイ国立公園が、危機に瀕した世界遺産リストに挙げられた経緯の説明があった。
西海岸とアマゾン地域をむすぶ道路が国立公園を横断して建設され、野生動物の密猟や不法な放牧が広がったため、環境省と公共事業省とが話し合い、道路工事で破壊した場所のミティゲーションを行うとともに、国立公園を道路の南側に拡大し、2倍の面積とすることを決めた。これも、1992年に危機に瀕した世界遺産リストに登録して、それを外圧にして、環境省が公共事業省と交渉した結果である。
ブラジルのペドロ氏からは、アルゼンチンとの国境に位置するイグアス国立公園が、100万人をこえる観光客と不法な道路開削のために危機に瀕した世界遺産リストに登録し、観光管理計画や地元の人々に対する環境教育計画などを作成している事例が紹介された。ここでも、観光のイメージダウンを心配する外務省や、地元への利益誘導を図る政治家と、環境省が戦うための武器として、危機に瀕した世界遺産リストが使われていた。
クロアチアのプリビチ国立公園は、16の湖と100の滝を有する140平方キロメートルの地域だが、1991年からの内戦で入り口の町や国立公園内のホテルも破壊され、国立公園がどのような状態になっているかがまったくわからない状況になってしまった。国連平和維持軍の協力でユネスコの査察チームが現地調査を行った結果、公園施設も破壊され、公園に生息する数十頭のクマも銃の標的にされて危機的な状況になっていることがわかった。さっそく1992年には危機に瀕した世界遺産リストに登録されたが、内戦状態のため当事国の承認を得ずに登録されたのは、はじめてのケースだという。
午後からは、危機に瀕した世界遺産リストに登録することを選ばなかった地域からの発表があった。
オーストラリアのカカドゥ国立公園の場合、公園内にぽっかりと空いた未指定地にウラニウムを採掘するジャビルカ鉱山がある。オーストラリアには原子力発電所はないので、ここで採掘されたウラニウムは、日本に輸出される。ウィルダネス協会をはじめとするオーストラリアの自然保護団体が、国立公園内の生態系が河川を通じて汚染されるとしてオーストラリア政府に働きかけたが採掘は止まらない。そこでIUCNやユネスコに調査を依頼し、その結果に基づいて危機に瀕した世界遺産リストに登録すべきかどうかが、1998年に京都で開かれた世界遺産委員会で議論された。
世界遺産委員会では、6カ月以内にオーストラリア政府が、採掘が国立公園に影響を与えないということを証明できなければ自動的に危機に瀕した世界遺産リストに登録するという決定をした。しかし、オーストラリア政府の強烈な巻き返しによって、危機に瀕した世界遺産リストへの登録は見送られた。
ウィルダネス協会のアレックス氏は、「オーストラリア政府は、世界遺産条約を弱める働きをした。その上、IUCN国内委員会への補助金を減らすなど、 NGOとの協力関係をもないがしろにしている。当事国政府の同意がなくても、NGOの提案で危機に瀕した世界遺産リストに登録できるようにすべきだ。」と怒りをぶちまけた。
エクアドルのガラパゴス国立公園は、大航海時代のヤギの放逐にはじまる、移入種の問題に頭を悩ませている。陸上はほとんど国立公園となっているので、ヤギの駆逐など固有種を守る活動が続けられているが、海中公園の指定がなかったため、海は漁師たちの自由になっていた。1992年にはじめて見つかったペピーノ(ナマコ)は、1994年には600万の水揚げを記録するほど増殖し、すっかり海中の生態系を混乱させてしまった。1994年の世界遺産委員会では、ガラパゴス国立公園を危機に瀕した世界遺産リストに載せる勧告が出された。しかし世界に誇るガラパゴスが、危機に瀕した世界遺産リストに載るとなれば、観光のイメージダウンどころか、政府の責任が問われる事態となる。国内の、マスコミがこぞってこの問題を報道し、国会でも議論になった結果、1998年にガラパゴス諸島特別法が成立し、海洋も含めて海中公園化をはかり、漁業調整などの措置がとられることになった。危機に瀕した世界遺産リストへの登録は行われなかったが、登録勧告が積極的な保全策を引き出した成功例であるといえる。エクアドルの環境大臣が、「もし当事国政府がリストへの登録を同意するまで待っていたら、誰も負けはしないが誰も勝利しない状況が生まれていただろう」と述べたのが印象的であった。
昼休みには、昨日の続きの沖縄のジュゴン、ヤンバルクイナ、ノグチゲラの保護に関する勧告案の討論が行われたので国立競技場に戻った。普天間基地の移転に伴う飛行場の建設に関して、ジュゴンの生息地の保全や調査の実施については、日米両政府ともに勧告案に同意しているが、「環境アセスメントの実施主体は日本政府であって、米国政府は協力を要請されたときに共同調査を行う」など、米国側ができる限り責任を回避できる文に変更しようと試み、その調停案ができるたびに本国に問い合わせをしているため、なかなか本文がまとまらない。今日もようやく最終案ができたと議長と握手して別れてきたが、米国側が本国の了承が得られず、また振り出しに戻りそうだ。
10月7日夜の採択はまったく見込みがたたなくなった。あいにく明日からは土日祝日が続き、日米本国との連絡がとれないため、調整ができるのは10月10日夜の採択の直前になりそうだ。朝の出来事を思い出して、「日本やアメリカも、金曜日が休日のイスラム社会だったらなあ」と思った。
なお海上の森の勧告案は、修正意見がないため、原案のまま、10月7日夜の会議にかけられる。しかし、10月6日の総会では、すべての決議・勧告を一通り全員に図り、原案通り、修正案作成に分類しているので、採択そのものは10月10日夜(日本時間11日早朝)になる可能性も強くなってきた。
明日(10月7日)は、朝8時からアジア地域会合、9時からインタラクティブセッション、12時から会長、監事、理事、委員長の選挙方法の説明と投票、14時からインタラクティブセッションの続き、18時から21時まで決議・勧告の審議の続きとなる。長い一日となりそうだ。