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必要要件を欠く方法書は、撤回の上やり直しが必要。普天間飛行場・環境アセス方法書に対する意見書を提出。

2007.09.20
要望・声明

19日自然第49号
2007(平成19)年9月20日

沖縄防衛局長 鎌田 昭良 殿

財団法人 日本自然保護協会
理事長 田畑 貞寿

 

普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価方法書に対する環境保全の見地からの意見書

普天間飛行場代替施設建設事業の見直しを求めるため、(財)日本自然保護協会(理事長・田畑貞寿)は、2002年から、市民参加による海草藻場モニタリング調査「ジャングサウォッチ」を沖縄島北部東海岸、辺野古・嘉陽で実施してきた。また、2005年以降、『V字形滑走路案』によって新たに埋め立て予定地とされている大浦湾でも現地調査を行ってきた。このたび、普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価方法書について、これまでの知見に基づき、環境保全の見地から次のとおり意見を述べる。

本方法書を、自然保護・生物多様性保全の観点から点検・評価した結果、以下のような問題点があることから、環境影響評価方法書の必要要件を欠いていると判断する。また、1999年12月28日閣議決定による普天間飛行場代替施設建設事業に関し縦覧された方法書(本年8月7日付で廃止)に対し、当協会を含め多くの意見が寄せられたにも関わらず、それらがほとんど反映されていない内容となっている。このため、本方法書を撤回し、再度、位置選定を含めた手続きをやり直すよう強く求める。

問題点

  1. 環境影響評価法施行以来初めて、地元自治体による方法書受領拒否という異常事態の中で手続きが進められていること。また本事業が、地元住民のみならず全国的にも注目を集めているにも関わらず、方法書の縦覧方法が極めて閉鎖的であること。
  2. 本事業が、サンゴ礁域に計画されていること自体が生物多様性及び自然環境保全上根本的な問題であり、また、IUCN(国際自然保護連合)の第3回世界自然保護会議勧告で、環境アセスメントではゼロ・オプションを含む複数の代替案の検討が求められているにも関わらず、「辺野古ありき」で手続きが進み、国際水準である「計画アセスメント」になっていないこと。
  3. 方法は、地域の環境特性、事業特性等から保全上重要な環境要素は何か、どのような影響が問題になるのか等について、十分検討した結果を記載しなければならないのにも関わらず、本方法書では、影響要因の欠落や不明瞭な前提が散見されることから、方法書としての要件を満たしていないこと。
  4. 生物群集に関する個々の内容、調査項目については、共通して以下の点に問題があること。
    (1)不十分な既存の調査結果・文献に関する調査
    (2)調査手法の不適切な選択
    (3)調査頻度の問題(時期、期間、回数)
    (4)調査地点の問題(密度、予測される生態系の空間構造との関係)
    (5)生物群集と周辺の物理化学的環境との関係に関わる評価の欠落
  5. 辺古海域の生態系に与える影響については、以下の点で問題が多く、根本的な方法書の組み立て直しが必要であること。
    (1)生態系の構造(「サンゴ礁生態系」と「内湾生態系」といった視点や基本的な大枠の構造、サブシステムとの関係)に対する認識
    (2)生物群集系の把握、及びそれと無機環境系との関係性を明らかにする方法論の問題

以上

 

理由書

第1章 環境影響評価方法書のあり方の問題点

1-1. 異常事態の中で進められる手続き

方法書の作成・縦覧、環境影響評価の項目及び手法の選定というスコーピングの作業は、事業者が、地域の環境特性及び事業特性の把握を進め、方法書の縦覧を通じて都道府県知事・市町村長・住民等の意見を聞き、事業計画を変更することができる幅が広い計画の早期段階でこれらの意見を反映することで、事業計画により良い環境配慮を効果的・効率的に組み込むことを可能にするために行うものである。従って、地元自治体による方法書受領拒否という姿勢に対し、法律の条文上問題ないという理由で、スコーピングの作業を進めるのは、環境影響評価法を形骸化する行為にほかならない。

1-2. 公開性を欠いた方法書の縦覧

本事業は、地元住民のみならず日本全国の国民が注目し、また、国際社会においても関心が高い。しかし、本方法書の縦覧にあたり、事業者は、縦覧場所を沖縄島の5ヵ所に限り複写さえ許可していない。本来であれば、インターネット等を通じて、全国民がファイルを入手できるようにすべきところを怠り、これを市民が代行している状況では、事業者として説明責任を果たしたとはとてもいえない。

1-3. 複数案比較のない事業アセスメント

当協会がこれまで指摘してきたとおり、代替施設を辺野古のサンゴ礁域に計画していることが、生物多様性及び自然環境保全上根本的な問題であり、たとえ、沖縄県や名護市が求めているような『V字形滑走路案』の修正を行ったとしても、辺野古海域のサンゴ礁生態系及び内湾生態系への影響は免れない。このため、環境影響評価にあたっては、辺野古海域以外の候補地(代替施設新設を伴わない普天間飛行場移設案を含む)との比較考察が不可欠である。第3回IUCN世界自然保護会議で採択された勧告に基づき、環境影響評価において、ゼロ・オプションを含む複数の代替案を検討するべきである。

1-4. 影響予測の前提が不明瞭なアセスメント

(ア)予測・評価できない不確定・理解不能な『影響要因』(p2-1、4、5)

方法書では、地域の環境特性、事業特性等から保全上重要な環境要素は何か、どのような影響が問題になるのか等について十分検討した結果を記載しなければならない。しかし、本方法書では、『影響要因』に関する不確定な記述が散見される。『影響要因』が確定されていない状況で、影響を予測・評価することは不可能であるため、本方法書は、方法書の要件を満たしていない。

  • p2-1には、「航空機の騒音について、ヘリが訓練など日常的に使用する場周経路は、周辺の集落から離れた海上を考えており、また、ヘリの計器飛行又は固定翼小型連絡機の飛行経路は周辺の集落などを極力通過しないよう考えており」とある。また、p2-4には、護岸に関し「具体的な内容については、今後の詳細検討の結果等を踏まえ最終的に決定」、p2-5には、作業ヤードに関する記述の中に「今後具体的に検討」と記述されている。「考え」「検討」した結果が示されていないものは方法書とはいえない。
  • 護岸計画が概念図でしか示されていない。護岸部分として約10ha埋め立てられる部分の形状によっては、大浦湾内の潮流が変化し、内湾の閉鎖性がさらに高まることによる環境への影響が十分に予測されるため、前提となる実際の計画に基づいた護岸断面図(特に大浦湾側のケーソンの高さ、基礎捨石・被覆ブロックの勾配、基底水深)を示すべきである。
  • p2-5の作業ヤードの設置に関する記述には、「海上ヤード」としながらも、「設置場所は大浦湾中央海域の海底(捨石等を敷設する)を想定」としており、「海上ヤード」がどのようなものなのか想定できない。
(イ)予測・評価に必要な『影響要因』の欠落(p2-2、3、p4-7)

p2-2の図-2.2.2.1「対象事業実施区域等の位置」で、「その他関連区域」とされている「作業ヤード区域」と「埋立土砂発生区域」、また、p2-3の図-2.2.5.1「代替施設本体の形状」で示されている「進入灯」や「燃料桟橋」等は、いずれも本事業において重要な『影響要因』であるにも関わらず、本方法書内の必要な部分において欠落、または軽微に扱われている。

作業ヤード、埋立土砂発生区域及び仮設道路、河川の付け替え、進入灯、燃料桟橋については、p4-7の表-4.2.1.1「環境影響評価の項目の選定」において、表外の注釈に示されているに過ぎない。また、方法書内で本来図示すべき図面上に全く示されていないものもある。しかし、例えば「埋立区域」と「埋立土砂発生区域」では、場所は海域と陸域、工事の内容も埋め立てと掘削、と全く異なり、予測される影響も当然異なる。このことは、作業ヤードや進入灯についても同様である。従って、表-4.2.1.1の「影響要因の区分」で、それぞれ独立した項目として扱った上で方法書が作成されるべきである。本事業における環境改変に基づき、本来考慮すべき『影響要因』を表1(別紙)に示す。

(ウ)環境影響評価の対象とすべき項目の選定の不備(p4-7)

p4-7の表-4.2.1.1「環境影響評価の項目の選定」において、選定すべき評価項目が対象になっていない箇所が多々ある。本事業における環境改変に基づき、本来評価すべき項目を表1(別紙)に示す。

(エ)環境影響評価以前の「位置選定」の問題点:活断層の可能性(p3-56)

p3-56の図-3.1.4.6「推定地層断面」に示された断層は、第四系を切る活断層の可能性があり、恒久的な代替施設(飛行場)の建設は回避すべき場所であるにも関わらず、そのことには全く触れられていない。

 

第2章 生物群集・生態系に関する概況把握、調査、予測及び評価の手法に関する問題点

2-1. 生物群集に共通する問題点

(ア)不十分な既存の調査結果・文献に関する調査

本方法書の生物群集に関する概況把握についての記述には、防衛庁(当時)、那覇防衛施設局(当時)、環境省といった限られた機関が行った調査結果のみの記載にとどまる内容が多く、当協会を含む民間団体や研究者が行った調査結果が引用されていない。また、重要な既存文献の見落としもみられ、これでは、環境影響評価にあたって重要な、地域の環境特性の把握がなされたことにはならない。

(イ)調査手法の不適切な選択

十分な調査データが得られないと推測される、不適切な調査方法の選択が散見され、調査対象となっている生物群集の生育・生息・生態及び重要性が過小評価される恐れがある。

(ウ)調査頻度の問題(時期、期間、回数)

生物群集の生態を把握するのに必要な調査頻度が確保されていない。また、全体の調査期間も不明瞭なことから、調査対象となっている生物群集の生育・生息・生態及び重要性が過小評価される恐れがある。

(エ)調査地点の問題(密度、予測される生態系の空間構造との関係)

調査地点・ライン数が少なく偏りがある上に、調査地点が明らかにされていないところもあり、生態系の空間構造における関係を検証することができない。これでは、精度の低いデータしか得られない。

(オ)生物群集とその生育・生息域の物理化学的環境との関係に関わる評価の欠落

事業自体による直接的な影響は、埋め立てや浚渫による生育・生息地の破壊であるが、加えて重大なのは、その工事・存在によって引き起こされる地形、水象(波浪、潮流、海浜流等)、堆積物、水質等の変化が生物群集に与える影響である。従って、生物群集への影響を評価するためには、対象地域での生物群集と物理化学的環境との関係を明らかにし、その上で事業が与える影響を評価することが不可欠である。しかし、本方法書では、この視点が基本的に欠落している。

(カ)アセスメント調査で得られた標本の公的な機関への保管・登録

これまでのアセスメントの指針では、「アセスメント調査で得られた標本の公的な機関への保管・登録」は義務づけられていない。しかし、生物多様性が声高に叫ばれている現在、環境アセスメントで得られるサンプルは、確実に今生きているものを取り除く作業であり、そのサンプル中には貴重なものが含まれている可能性も高い。特に、本方法書では、インベントリー調査を行うとしていることからも、今後は環境アセスメントで得られたサンプル等は、地域の博物館等の公的な機関に標本として保管・登録されるべきである。

2-2. 各生物群集の問題点

2-2-1. 造礁サンゴ類
(ア)琉球列島の造礁サンゴ群集の現状に関する適切な認識とその上での評価の必要性

琉球列島の造礁サンゴ類は、埋立事業や赤土流出、白化現象やオニヒトデ等による悪影響が著しく、健全さを失っており、保全・回復のための努力が強く求められている。辺野古地域についても同様の状況であることから、環境変化の大きい現在の生サンゴの被度のみで評価するのではなく、沖縄のサンゴ礁生態系が健全な状態であったと思われる、1970年前後の調査結果や空中写真をもとにした潜在的なサンゴ生育場を把握し、さらにその回復可能性を含めて評価する必要がある。

(イ)アオサンゴ群集の調査と影響評価の必要性

今年9月7日に、沖縄リーフチェック研究会(会長・安部真理子)によって大浦湾で確認されたアオサンゴ群集について、分布状況や群体の規模、その周辺の物理化学的環境特性を精査した上で、影響を評価する必要がある。アオサンゴ群集は、石垣島白保サンゴ礁のアオサンゴ群集でも明らかになったように、非常に微妙な物理化学的環境下で生息していることが考えられ(NACS-J. 1991. 新石垣空港建設がサンゴ礁生態系に与える影響.)、わずかな環境変化がその生息に多大な影響を与えることが懸念される。

2-2-2. 海藻草類
(ア)不十分な既存の調査・文献に関する調査(p3-76、77)

これまでの調査結果として、平成9・12年の那覇防衛施設局(当時)の調査結果のみが取り上げられ、当協会を含む民間団体や研究者が行った調査結果が引用されていない。さらに、ジュゴンの項で引用されている、環境省「ジュゴンと藻場の広域的調査報告書」(2002~2006)の藻場に関する調査結果すら引用されていない。このため、当協会の調査により大浦湾での生育が確認され、環境省の調査からもその生育が推測されるホソウミヒルモが、注目種としてリストアップされていないという事態を招いている。

(イ)種の識別情報を盛り込んだ藻場分布図の必要性(p4-73)

p3-61の事業区域及び周辺の概況では、海草藻場の面積と種構成の記述のみで、種ごとの分布情報が記載されていない。種によって生息環境や動態が異なることから、海草の正確な分布図を作成すべきである。

(ウ)不適切な調査手法(p4-73)

深場のウミヒルモ類については、当協会の調査でホソウミヒルモの生育が確認されたこともあり、重点的に調査する必要がある。しかし、調査方法の1つである、曳航式の水中ビデオによって撮影できる範囲は画角も限られている上に、特に大浦湾側については、シルト~泥の底質となっているため、曳航式の水中ビデオでは泥を巻き上げてしまい海草を発見することは困難である。深場のウミヒルモ類を調査するためには、スキューバダイビングによる丁寧な調査が必要である。

(エ)不足している調査ライン数(p4-74)

調査ラインはサンゴと同様、とされているが、埋め立てが予定されている地域で8本のみでは少なすぎる。特に辺野古沿岸に関しては、岩場になっている辺野古崎周辺にラインが集中しているが、海草藻場が最も発達している辺野古漁港とキャンプシュワブ沿岸にかけては、わずか2本であり、しかも当協会の調査で最も海草藻場の現存量及び多様性が高いエリアについては、全く空白となっている。埋め立てならびに潮流の変化による海草藻場への影響を調査するのであれば、辺野古漁港から辺野古崎の間には少なくとも50m間隔でラインを設定すべきである。

(オ)明らかにされないスポット調査地点(p4-74)

ライン調査を補うために、スポット調査(120地点程度)を行うとされているが、スポット調査地点が全く示されていない。当協会の調査でも、合計70地点に及ぶスポット調査を行っており、これらのデータとの相互比較ができるようにする必要がある。また、調査方法が不明で、現存量や種多様性を測定するスケール(調査面積及び採集点の間隔=解像度)が記載されていない。このため、定量的な比較、予測評価をどのように行うのかが不明である。

(カ)低い調査頻度と不明な調査期間(p4-74)

海藻草類の生態の把握のためには、最低限、四季ごとの調査を行うべきであり、加えて、底質の撹乱による海草の動態把握のために、台風通過後も調査を行う必要がある。また、本方法書には全体の調査期間が明らかにされていない。ジャングサウォッチでは、辺野古及び周辺海域の調査の結果、海草の現存量の変動は海草藻場内であっても微小な環境条件に応じて異なる変動パターンを示し、その非同調性が藻場全体の安定的な存続に貢献していることを示唆する内容が得られている。このような場所ごとの海草藻場の変動の非同調性とその原因を明らかにしない限り、飛行場建設に伴う海草藻場の変動予測は不可能である。このためには上記で述べたように、より詳細な空間スケールで海草藻場の動態調査を少なくとも5年以上行うことが必要である。

2-2-3. ジュゴン
(ア)不十分な既存の調査・文献に関する調査(p3-63)

防衛庁(当時)、那覇防衛施設局(当時)、環境省の調査結果のみが取り上げられ、民間団体や研究者による調査結果や、今年、ジュゴンの繁殖行動と推測される行動が確認されたこと、ジュゴンが、「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック(水産庁編)」(1998)で絶滅危惧種、「改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物(動物編)」(2005)で絶滅危惧IA類、環境省「レッドリスト」改訂版(2007年8月3日発表)で絶滅危惧IA類に分類されていること、また、国指定天然記念物にも指定されていることには全く触れられておらず、ジュゴンの生息が危機的状態にあることを無視した内容となっている。

(イ)評価不能な調査の基本的な手法(p4-76)

夜間照明・騒音等に対する反応について、海外の主要な生息地における情報を入手するとされている。しかし、例えばオーストラリアのジュゴンは、昼間も礁池(イノー)内で群れをつくり採餌する等、沖縄のジュゴンとは警戒心が明らかに異なる。従って、これらの情報収集は無駄ではないものの、沖縄とは状況が異なる海外の生息地のジュゴンの生態をそのまま沖縄のジュゴンの生態にあてはめて評価することはできない。さらに、飛行場としての利用頻度や機種等の諸元が明らかにならない中で、文献・資料調査、ヒアリング調査をしても、定性的・定量的な影響予測をしたことにはならない。

(ウ)生態が把握できない生息状況調査(p4-76)

航空機等を用いた航空調査による上空からの目視確認と写真撮影をするとされているが、この調査を実施する意義はあるものの、本方法書にも記載されているように、調査は日中の静穏時に限定され、改変域への来遊が推測される、夕方から明け方にかけての利用状況を把握することは困難である。

(エ)十分ではない海草藻場の利用状況調査と明らかにされない調査地点(p4-76)

リーフ内におけるジュゴンの食痕等の利用状況を調査するためにマンタ法が選択されている。しかしマンタ法は、秒速2mほどの速度で移動しながら調査する方法であるため、泥質の海草藻場に残された明瞭なジュゴンの食痕であれば発見することは容易であるが、サンゴ礫上の海草の地上部のみを食べたような食痕を発見することは困難であると推測される。それを補うために、本方法書に記載されているように定点区画法による定期調査を行うことが必要だが、定点区画の設置場所や設置数が記載されていない。ジュゴンの食痕等を調査するのであれば、海草藻場の広域のスポット調査と関連づけて定点区画を設置することが望ましい。定点区画調査の詳細を記述すべきである。

(オ)不明瞭な調査手法(p4-76)

補足的な調査として、ジュゴンの来遊状況の把握を試みるとされているが、「機器を複数設置」すると記載されているだけで、機器の詳細や設置位置が明らかにされていない。1999年12月28日閣議決定による普天間飛行場代替施設建設事業に関し縦覧された方法書に記載され、また、既に報道されている水中ビデオカメラ及びパッシブソナーによって把握しようとしているのならば、これらの調査を実施する意義はあるものの、パッシブソナーは、タイ等のジュゴンの個体数が多い地域で試験されているに過ぎず、沖縄のように極めてジュゴンの密度が低い地域では不確実性が高い。人工物の影響を受けやすいジュゴンが、水中ビデオカメラ、パッシブソナーの存在を警戒し、水路を利用しないおそれもあり、水中ビデオカメラに撮影されない、あるいはパッシブソナーで音を拾うことができないことをもって、ジュゴンが利用していないと判断される可能性があり極めて問題である。

(カ)辺野古海域のジュゴンの生態を過小評価する調査頻度(p4-79)

辺野古よりも周辺海域に重点を置いた調査を行うことによって、辺野古の重要性を過小評価する可能性が高い。例えば、沖縄本島全域の調査を毎月5日間、嘉陽の食跡確認調査を毎月2回程度行うとしているのに対して、辺野古の食跡確認調査は月1回程度となっている。p4-83をみると、辺野古の藻場は、嘉陽の10倍以上の面積となっており、面積に比例した調査頻度を設定するのが当然である。また、本方法書には、全体の調査期間が明らかにされていない。ジュゴンの妊娠期間が13~15ヶ月、出産間隔は繁殖率の高いオーストラリアでさえ3~7年といわれている。従って、ジュゴンに関する調査は、10年以上にわたる調査計画を立てるべきである。

2-2-4. 底生生物
(ア)南限のチャイロキヌタ(Cypraea artuffeli)

チャイロキヌタは、よく知られているタカラガイの一種で、本州-九州には普通に生息している。しかし、琉球列島では生息地は限られ、沖縄では瀬嵩周辺でしか確認されていないとされている。つまり、本事業により、その南限の生息地が消失してしまう可能性があり、方法書の中で取り上げるべき種である。

(イ)不十分な既存文献に関する調査(p3-78)

当該地域の貝類に関して、約800種以上のリスト(ウルマ貝類調査グループ. 2003. プロ・ナトゥーラ・ファンド第12期助成成果報告書, pp. 17-31.)がある。ほかにも重要な情報源として、1992年に沖縄県立博物館から出版された「仲嶺俊子貝類コレクション標本目録」があり、これらの文献を見落としたことは大きな過失といわざるをえない。ほかの環境アセスメントの事前調査では、貝類において、1000種を超えるようなリストをそれぞれの文献を明示した上で作成しているものもあり、この「概況の把握」はあまりにも杜撰であるとしかいいようがない。また、この状況から、p4-91のインベントリー調査も杜撰なものになる可能性がある。

(ウ)不適切な調査手法(p4-63)

サンゴ礁海域では、温帯域の内湾泥底のような均一な場所とは異なり、場の異質性が高いことは十分認識されるべきであり、これによって特異性の高い生物の多様性が生じている。この考えに基づき、底生動物の調査手法を検証すると、スミスマッキンタイヤ型採泥器による小面積の調査では、かなりの回数を行わなければならないことは確実である。それにも関わらず、本方法書では、1地点当たりの回数すら明示されていない。また今回の調査区域には、底質にサンゴ礫が存在する場所もあり、スミスマッキンタイヤ型採泥器による厳密な底質の採取は不可能といってよいと思われる。この点から、底生動物の調査手法を再検討すべきである。また貝類の場合、生きた個体のみではなく死殻も調査対象とし、本当の意味での「生物多様性」を明らかにすべきである。また、本方法書で記述されている調査方法で完全に抜け落ちているのが、調査に用いるフルイのメッシュサイズである。近年の底生動物の調査では1mmのメッシュを用いており、この1mmのメッシュを用いることを明記せねばならない。

(エ)葉上性貝類(動物)の調査の必要性

今回の底生動物の調査には、海藻草類の葉上に生息する貝類を含む動物についてなんら考慮が払われていない。特に当該地域に海草類の藻場が広がっていることは認識されており、その藻場の持つ特性をより明確にせねばならないことは当然である。このため、葉上性貝類(動物)の調査を追加すべきであり、また、特に葉上に生息する貝類やほかの動物群は、通常の底生動物とは異なった方法を用いなければならない。

(カ)調査地点の不足(p4-65)

大浦湾側・埋立予定地直下の調査地点数が少なすぎる。このエリアは、当協会が「沖縄島北部東海岸における海草藻場モニタリング調査報告書」(NACS-J. 2007.)で指摘したように、底生生物の生息場所の異質性が高く多様性も高い場所である。このため、調査地点数を増やし、調査の精度を上げなければならない。当該地域の海域の「底生動物」を調査するには、様々な環境を含めるために、代替施設・作業ヤードを含めた大浦湾内で調査地点数を30地点程度とし、各地点では25×25cm深さ20cmの方形区を5個得ることが必要である。

(キ)調査対象の欠落(p4-83)

陸産貝類(カタツムリ)に関しても、環境省「レッドリスト」に多数の種が登載されており、いくつかの文献にはこれらの種も記録がある(例えば、Chinen,1977.Ecol.Stud. Nat. Cons. Ryukyu Isl., III: 127-149.)。陸域動物の調査内容に陸産貝類(カタツムリ)を含めるべきであり、その調査方法としては、昆虫類に準拠し、目撃法、任意採集法、ツルグレン法とするべきである。

2-2-5. ウミガメ類

海域に構築物を設置する工事を実施するには、潮流の変化を予測し、その結果、周辺の環境がどのように変化するかを予測しなければならない。本事業により、周辺の漂砂の動きは大きく変動し、砂浜の消失、あるいはウミガメの餌となっている海草が生育する藻場の消失が予想されるが、「漂砂量」「流れの状況」「海藻草類」が各々別個の調査項目として挙げられているものの、これらの連動性がない上に、海藻草類に関しては、埋立予定地直下の藻場が受ける影響についての定量的な予測を行うことしか記載されていない。これでは、ウミガメといった海生生物への影響を評価することはできず、極めて不十分な予測・調査方法といえる。

 

第3章 海域生態系に関する評価の問題点

3-1. 対象海域全体の生態系構造を把握する視点の欠落

辺野古海域の地域生態系全体を把握するためには、この地域が外洋に面する辺野古サンゴ礁生態系と大浦湾内湾生態系という、2つの異なった質を持つ生態系からなるという認識が不可欠であるが、この認識が全く欠落している。このことは、「土地分類基本調査沖縄県本島中北部」(沖縄県 1992)で示されたサンゴ礁域の地形分類図や空中写真等、既存資料で十分に把握することが可能なはずであるが、そのような努力が全くなされていない。本事業の対象地が、この2つの生態系の境界付近に位置し、2つの生態系にともに悪影響が及ぶ可能性を認識し直した上で、方法書の海域生態系に関する部分を根本的に組み立て直す必要がある。

3-2. 海域生態系とその中のサブシステムの混同

p4-91、92の海域生態系の調査及び予測の手法には、「海浜生態系、干潟生態系、藻場生態系、サンゴ礁生態系」等と羅列的に記載されている。しかし、そこでいわれている「生態系」は、辺野古サンゴ礁生態系と大浦湾内湾生態系のそれぞれを構成するサブシステムである。サブシステム間の相互関係からさらに、各生態系の構造を明らかにするとともに、異なる2つの生態系間の相互関係を把握するための生態系モデルを作るべきである。

3-3. 生態系における生物群集系の把握のための方法論の問題

p3-102の数行にわたる「どこに何がいる」という記載内容は、当該海域の生態系が持つ地域特性を把握したものとはとてもいえない。(イ)のような視点で生態系を捉えた上で、それぞれのサブシステムを代表する生物種、あるいは生活史の中でサブシステム間を往復する生物種等を選び、典型種、上位種等として、それらに対する影響予測を行うべきである。p4-91の「調査すべき情報」には、「上位性、典型性、特殊性など注目種の生態、他の動植物との関係、生息・生育環境の把握を目的として」と記述されているにも関わらず、「調査の基本的な手法」には、インベントリー調査(目録作成)しか記述されておらず、極めて問題である。また、生態系の構造と機能の影響評価を行うとしながら、具体的にどのような項目を調査するかが明らかではない。指標は何か。一般的には、生産性、栄養塩循環、食物網構造に対する、撹乱による耐性、撹乱後の回復速度、及びこれらの安定性等が生態系の構造や機能の指標として使われる場合が多いが、本方法書では、それらに関わる解析方法が全く示されていない。これらの指標の導出には、前出の環境調査や動植物調査等の結果を利用することが不可欠であるが、その点についても言及がない。

3-4. 生態系における生物群集系と無機環境系の関係性の軽視

生態系は、生物群集系と無機環境系と、その間の関係性から成り立っている。そして、本事業は、埋め立てや浚渫等生物の生息・生息地を消失させる直接的な影響だけでなく、海水や堆積物の動き、水質といった無機環境系に影響を与え、その変化が生物群集系に大きな影響を与える。従って、本事業が生態系に与える影響を把握、評価するためには、対象地域における生物群集系と無機環境系との関係を明らかにすることが不可欠である。しかし、本方法書においては、この点が軽視され、項目として明記すらされておらず、これでは総合的な評価をすることはできない。
この点は、上述した各生物個体群内、生物群集(サブシステム)内での影響を予測するためにも不可欠であり、むしろその結果として生態系全体への影響評価が可能となる。

以上

方法書検討委員(50音順)
亀崎 直樹(日本ウミガメ協議会・人間・環境学)
黒住 耐二(千葉県中央博物館・貝類学)
中井 達郎(国士舘大学・地理学)
仲岡 雅裕(千葉大学・生態学)
目崎 茂和(南山大学・地理学)
吉田 正人(江戸川大学・日本自然保護協会理事・生態学)


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