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「東京ディズニーランドの3倍の集客を見込んだ計画は、里山の自然を確実に破壊する」

1998.08.07
要望・声明

1998年8月7日

財団法人 2005年日本国際博覧会協会
会長  豊田 章一郎 殿

(財)日本自然保護協会
保護部長 吉田正人

会場基本計画案に対するコメントの提出について

拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
日頃より当協会の活動に深いご理解とご協力を賜り、深謝申し上げます。

さて、7月17日、2005年日本国際博覧会の「会場基本計画の検討状況」が貴協会から発表されましたが、公表された案は、会場の位置、ゾーニングがもたらす里山自然と水系の分断など、日本自然保護協会をはじめとするNGOがこれまで指摘してきた多くの問題を何ら解決するものではありません。

そればかりか、A、B、Oのすべてのゾーンにおいて、海上の森の自然を取り返しのつかない状態に破壊しかねない多くの問題を含む内容となっています
「トポス」「里山コリドー(水平回廊)」などの不明瞭な言葉によって表面上は自然に配慮するとされている一方、実際に行われる自然改変の質と量がほとんど説明されておらず、生態系に相当の悪影響を及ぼすことが予想されます。当協会をはじめとするNGOは、この計画に対して深い失望感を抱いております。

このため日本自然保護協会は、会場計画案に対して改善すべき問題点をここに指摘し、根本的な改善を求めます。もしこの状況が改善されないのであれば、貴協会が通産省の通達を受けて実施している環境アセスメントは、いくら調査をしても計画には反映されない形式的な手続きであると判断せざるを得ません。この指摘に対する貴協会の真摯な対応を求めます。

敬具


 

2005年日本国際博覧会
会場基本計画案に対するコメント

1.基本理念との整合性について

入場者数の設定と開催場所の再検討
【1】海上の森に、東京ディズニーランドの平均入場者数の3倍に当たる2500万人の観客を迎えて万博を開催し、そのために必要な関連施設もすべて海上の森に建設することを前提にした会場計画となっている。海上の森以外の場所での開催や施設の分散を検討せず、海上の森に全施設と全入場者を集中させる限り、基本理念との矛盾は解消されない。

国民をあざむく計画図、または実現性のない机上の空論
【2】当初の方針では、開発面積はAゾーン(150ha)のおよそ半分の80haとされていたが、資料2-1の図面(主要地区Aゾーンの展開)で示された開発面積を計算すると約48haとなり(注1)、当初の6割にとどまっている。もし、実際にはこの図面より多くの面積を開発するにもかかわらず、意図的に開発面積を小さく見せているのであれば、事実を歪曲した広報を報道機関や市民に行ったことになり、即刻訂正すべきである。逆に、もし本気で開発面積を48haにまで大幅縮小したうえで一日平均14万人(混雑時は3倍以上)の収容を想定しているのであれば、過密度の面からも実現性のない無謀な計画といえる。

今回出された資料では、「基本理念と会場計画」と題する文章において、「この博覧会のテーマは『自然の叡知』であって『自然への叡知』ではありません。ましてや『自然との共生』のような人間中心主義の考え方でもありません」と述べられている。わざわざこのような説明をした背景には、万博の基本理念と実態との矛盾をNGOから指摘されている状況があると思われるが、今回の会場計画案もその矛盾を一層拡大したものとなっている。なぜならば、6カ月で2500万人という入場者(日平均約14万人、混雑時はこの3倍以上)は東京ディズニーランドの日平均入場者数の実に3倍(注2)に当たり、これを海上の森に受け入れることを前提とした会場計画となり、いかなる対策を講じても海上の森の自然の大規模な改変は避けられないからである。

「基本理念と会場計画」では、「人間がつくる建築は、この森という場所から立ち上がるけれど、森の優しさを威圧したり、森のはらむ複雑系を単純化してしまうような破壊は、おこなわないようにしたいと思います」と述べられているが、今回の案を検証した結果、多くの矛盾が明らかになった。その詳細は次項?で述べるが、基本理念と会場計画の矛盾を一言で言うと、抽象的なイメージで自然保護を打ち出している一方で、万博を開催するために必要とされる「人工構造物」を全て海上の森に集中させる方針に何ら変更がないという点である。

今回の会場計画案は、2本の道路間を高密度集約型建築物で利用するBIE提出時の構想が変更され、「トポスとトポス広場を地形の流れに沿って連続させていくことによって、集中型や分散型という考え方とは異なるネットワーク型(道型)」の案が示されている。しかし、博覧会協会が4月に公表した万博の環境アセスメント実施計画書で、海上の森のAゾーンに建設する施設として挙げた「展示施設、催事施設(会議・レセプション施設を含む)、サービス施設(飲食、購買、案内等の施設)、広場、公園、休憩施設、移動施設(バスターミナル、道路、通路、駅、駐車施設、機械的移動施設・装置等)、管理・運営施設(運営本部、プレスセンター、医療・警備・消防施設等)、供給処理施設(エネルギー関連施設等を含む)、その他博覧会開催に必要な付帯施設・工作物(注3)」については全く変更されていない。

このため、BIE提出案を自然に配慮して大きく改善したかのように広報されているが、上記施設を海上の森(主にAゾーン)に集中的に建設するという最も大きな問題点が解決されておらず、単に施設を分散させただけとなっている。参考資料2-3の「委員から出された主な意見」でも指摘されているように、集約型パビリオンに比べ、自然に与えるインパクトはむしろ大きくなる可能性が高い。

結局、万博開催にとって必要なあらゆる施設を海上の森に建設し、2500万人の観客を迎えようという根本的な「前提」が見直されない限り、基本理念との矛盾は広がるだけである。

(注1)参考資料2-1の図面をもとに、Aゾーンの開発面積をおおざっぱに計算すると、デッキ部分が17ha、展示空間(デッキ下部)16ha、展示空間(デッキ上部)1.5ha、領域型展示空間5ha、サービスセンター8.5haで、合計48haとなり、当初の開発面積80haの約6割となっている。

(注2)東京ディズニーランドの1997年の入場者数は年間1700万人。駐車場を除いた面積は約52.5haであり、今回示された開発面積とほぼ同じ。日平均で比べると、万博の入場者数(日平均136,612人)は、東京ディズニーランド(日平均46,575人)の約3倍となる。

(注3)これには、長期的地域整備(新住宅市街地開発・道路建設)により整備される施設は含まれていない。

2.会場計画について

屋外型展示空間(領域型展示空間)の問題点
【1】屋外型展示空間(領域型展示空間)は、林床を裸地化し、森林生態系を破壊する。

「『自然の叡智』の理念を体現する空間として、森の中に屋外型展示空間(領域型展示空間)を設け、森を生かしながら森と人間との間に様々なインターフェイスを構築します。領域型展示空間は従来のハコモノ型建築にかわる21世紀の新しい形の展示空間のプロトタイプとなります」と説明されているが、資料2-2の図面を見ると、「尾根利用型デッキ」や「ウッドチップ広場」、「木製デッキ」などが林床を完全に裸地化してしまうので、まばらに樹木を残したとしても森林生態系は破壊される。

トポス型建築の問題点  
【2】トポス型建築は、工事段階で地形・土壌を大きく改変し、樹木の根を切断するほか、水系の分断、表土や植生の破壊を引き起こす。

「海上の森の自然を生かし、造成、伐採を少なくする様な会場計画とする」との説明がなされているが、高層建築型パビリオンに代わるものとして打ち出された「トポス型建築(屋内型展示空間)」は、最終的な眺望で人工構造物が目立たないようにしているだけで、現実には大規模なオープンカットや埋め戻しなど、自然の大幅な改変を伴う大工事が予想される。2500万人の観客をトポスなる地下構造物に受け入れるのであれば、相当の大きなくぼ地、つまり「谷」を使って大規模な空間を生み出すことが予想されるが、谷を覆うことによる水脈の分断、表土や植生の破壊など、生態系への影響ははかりしれない。「地形を尊重する」「非建築型空間」と説明されているが、それは完成時点の”見た目”だけで、実際は地上にパビリオンを建てる以上の悪影響も予想される。図面では、地下のトポスの上に樹木が描かれているが、地下型のトポスでは地下部分の根が切断されるため樹木の生育は不可能と思われる。

里山コリドー(水平回廊)の問題点
【3】里山コリドーは、Aゾーンに入りきれない観客をB、Cゾーンに誘導・分散化するために、森を遊園地化する計画であり、万博の基本理念に反する。

資料3-3では、B・Cゾーンの考え方として「新たな人間の関与を通して里山の自然が甦るような、自然と人間の深い結びつきを再構築する」とされているが、そのための手法として示された「里山コリドー(水平回廊)」の概念は、現在の海上の森の自然や、そこで展開されている自然観察会などの「人と自然の触れ合い」の価値を無視し、森を遊園地化する発想といえる。

資料によれば、里山コリドーは、森の中の一定の高さを水平に移動する高架・低架型または地下の道路を造るもので、そこを歩く人が樹冠上部から森を展望したり、林床や地中から森を見上げることによって、「多様な高さの視点から里山を体感し、より新しい自然の発見を探求する」と説明されている。

しかし、生態学で定義するコリドーとは生態系を結ぶ生物の生息地の回廊を意味する概念であり、観客が利用するための人工道路にこの名称を用いること自体非常識極まりないことである。また、不特定多数の観客を自らの足で汗して歩くこともなく森に引き込み、あたかも自然を楽しんだ、あるいは自然を理解したなどの錯覚を味わわせるのは、森を遊園地のように楽しむレクレーション的発想であり、「人間の関与を通して里山の自然が甦る」という基本的な考え方と矛盾する。海上の森には、人が歩きながら自然と触れあうことのでき、多様な自然を体感できる起伏に富んだ小径が縦横無尽に走っており、それらを無視して人工的な道路を建設する必要はない。

コリドー建設による生態系への影響もはかりしれない。コリドーが林冠あるいはそれに近い高さを通ることは、鳥類をはじめとして、本来人目につかない数?の高さを生活圏とする生物に対して、騒音、人の視線などのストレスを与える。

林冠内部に視線を作るには工事用道路も必要となるが、その施工による森林伐採も生じる。植物は土の中に大量の根を張っているが、参考資料3-3右上段の「林床から見上げる視線をつくる」コリドーは、根系を大きく切断し、地下水脈を分断しており、小動物の移動も妨げる。「地中から覗く視線をつくる」コリドーはヒューム管トンネルを埋めているが、この管を埋めるためには、まずこの管の外形以上の範囲を掘りとらなくてはならず、その際に大量の根を切断除去してしまう。その後埋め戻しても、図面の魚眼像のように樹木が生い茂った状態を保つことは不可能である。設計者は、植物が地中に根を張って生きているという基本を認識していないと考えられる。

里山コリドー案はそもそも、ディズニーランドを上回る規模の観客を受け入れることを前提としているために、Aゾーンに入りきれない観客をB、Cゾーンに誘導・分散化するために計画されたとみられる。参考資料3-1の「里山マトリクスの概念」でも、「B・Cゾーンを含め、540?の敷地を会場としてフルに活用する」とされているが、自然保護を前提とする地域においては、本来、過剰利用を防止する方策こそ検討すべきであり、これほどの自然改変を伴う工事を一過性のイベントのために行うべきでない。

B・Cゾーンの利用に関する問題点
【4】自然のダイナミズムによって生物多様性が維持されるという観点が欠落している。

資料3-1では、B・Cゾーンに「照葉の森」、「再生の森」(注)、「ミレニアムの森」、「希少種の森」の四つの聖域を設定し、生物多様性の再生をはかるとしているが、遷移にまかせるところや人為的に維持するところ、人工林を維持するところなどが小規模にまざりあっており、残念ながら、ある程度大きな面積を確保することにより、初めて自然の攪乱と遷移のバランスがとれた多様性のモザイクが保たれるという視点がない。また、計画を実行する具体策(人員や生態系管理の指針など)が不明で、7年後の万博までに何をするか、また万博終了後にどのような状態を目指すかがあいまいである。

(注)「再生の森」はヤシャブシ群落の維持を目標としている。しかし、ヤシャブシの森林は通常、造林のプロセスにおける失敗例とされる(造林途中で肥料木として植栽されたヤシャブシを伐採し、主林木であるアカマツやコナラなどを残して育成すべきところ、ヤシャブシを伐採しなかったために主林木が負けてしまったもの)。ヤシャブシは長期的には樹勢が衰え、存続する可能性も低く、再生の森の目標設定は生態学的にナンセンスである。

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