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NACS-J意見書 その1(はじめに)

1998.06.01
要望・声明

<はじめに>
1 今回の環境影響評価の意義
2 環境影響評価に係る実施計画書の全般的な問題
3 環境影響評価に係る実施計画書の問題点と提言の概要


はじめに 

1998年4月17日、「2005年日本国際博覧会」(以下「万博」と記す)ならびにその跡地利用計画である「新住宅市街地開発事業」「名古屋瀬戸道路」建設の三事業に係る環境影響評価の実施計画書計三冊が公表されました。これは、昨年6月の環境影響評価法の成立によって新しく導入された「スコーピング」の手続きであり、本格的な調査に入る前に、事業者側が環境影響評価の調査計画、予測・評価の手法などについて情報公開し、一般から意見を募ったうえで、それを反映させていこうという制度です。

日本自然保護協会は当初から、上記三事業の開発予定地とされている「海上の森」(愛知県瀬戸市)の自然環境の価値を重視し、万博構想とその跡地利用構想の見直しを強く求めてきました。その経緯は、当協会が1997年6月に発行した報告書「2005年愛知万博構想を検証する-里山自然の価値と海上の森-」にまとめています。しかし現在に至るまで、海上の森に博覧会施設と大規模な道路を建設し、万博終了後に都市開発(新住宅研究都市構想)を行う構想は、根本的な見直しがなされていません。

このため当協会としては、今回の環境影響評価によって、海上の森の自然環境の価値が科学的・客観的に明らかにされ、その結果が確実に事業計画の変更に反映されるよう、三事業の環境影響評価に対し、意見書を提出することとしました。

環境影響評価は本来、民主的な合意形成のプロセスとして機能すべきですが、今回は特に、環境影響評価法が前倒しで適用されるだけでなく、通産省の「2005年の国際博覧会に係る環境影響評価手法検討委員会(以下「検討委員会」と称す)」(座長、森嶌昭夫上智大学法学部教授)が「本環境影響評価に当たっては、事業計画へのフィードバックが十分に行われるような取り組みを目指す」「本環境影響評価のプロセスが21世紀の人類共有のモデルとなることを目指す」と宣言し、愛知県も、「検討委員会の検討結果を尊重する」と述べていることから、古い環境影響評価の手法にとらわれず、計画変更にも柔軟に対応し、NGOを含めた多くの人の意見を積極的に取り入れるものと期待しています。

また、本意見書では、海外で行われている先進的な環境影響評価の手法も具体的に提言しています。これは環境影響評価法を超える部分も含まれますが、国際的博覧会であれば、国内では実施されたことのない先進的な手法を積極的に取り入れてこそ、21世紀のモデルと呼ぶにふさわしい環境影響評価になり得ると考えます。

1 今回の環境影響評価の意義

(1)身近な自然を破壊して、「人と自然の共生」はあり得ない

今回の環境影響評価では、21世紀のモデルとなる環境影響評価のあり方と、身近な自然の価値をどのように評価するかが問われています。

当協会がこれまで主張してきたように、海上の森は、伝統的な農林業と結びついて維持されてきた落葉広葉二次林、人工林、水田、草地、小河川、沼池、そして地域固有性の高い湿地群といった多様な環境がモザイクのように組み合わされた、いわゆる「里山」自然が残る、生物多様性の豊かな土地です。しかし、人々にとって身近であったこのような里山自然は、さまざまな開発行為によって急激に減少しており、わが国の「生物多様性国家戦略」も身近な自然の保護を強調しています。21世紀初の国際的な祭典において、あえて海上の森のような場所を開催地とし、各種施設・道路を建設して自然環境を大きく改変するのは、身近な自然の価値を軽視し続けていく行政姿勢を示すことにほかなりません。今回の環境影響評価の最大の焦点は、海上の森の里山自然を事実上破壊する現在の万博計画及び住宅・道路計画がどのように見直されるかであり、国民と国際社会がこの点に注目していることを忘れてはなりません。

通産省の検討委員会は1998年3月24日にまとめた最終報告で、環境影響評価の基本的な考え方として「人と自然の共生」を挙げ、「会場候補地の自然は、これまでの地史的変遷によって形成されたものであり、また、多くの先人達によって創り、守り、育まれてきた所産でもある。この豊かな自然の現代的意義や未来的価値を保持し、継承していくためには、そのあるべき将来像を考え、実現に向けての管理・創造・育成の方策を探るととともに将来に向けてその実行を決意し、そのための一歩を踏み出すことが非常に重要である」とうたっています。この理念はまさに、環境影響評価を通じて、海上の森の豊かな自然とともに、森の中に存在する歴史的な文化財を一体のものとして次世代に継承することを意味するものです。

(2)人と自然が共生してきた里山の歴史性を未来へ引き継げるかが問われている

海上の森には、縄文・弥生時代の遺跡や瀬戸文化を代表する古窯などの文化財が多く残されています。山神、水神、薬師観音、弘法堂、多度神社、五輪塔といった地元住民の伝統的・文化的な所産が森全体に点在し、森の中を縦横無尽に走る小道は、地元の人々が生活と文化の中から生みだしたものです。これらは、長年にわたって自然を利用しつつ伝統や文化をはぐくんできた先人たちの所産であり、「人と自然の共生」を象徴する足跡として、このままの状態で後世に伝えていくべきものです。海上の森のこの「歴史性」をいかに次世代に引き継ぎ、未来の世代がこれに学ぶ機会をいかに保障していくか、それが今後最大の焦点です。

日本人は古来から、身近な自然とのつきあいを通して、自然と人間とのかかわりを肌で感じ、経験や体験として蓄積することにより、固有の自然観をつくりあげてきました。しかし近年、身近な自然環境の減少が、幼いころから接することのできる自然を失わせ、遊びの多様性の減少、生物の呼称の多様性の減少につながり、結果として文化の多様性をも減退させています。環境影響評価では、里山自然の持つ教育上の役割、文化を醸成する上での役割にも目を向けるべきです。

(3)「代償措置」を開発の免罪符としてはならない

開発に伴う生態系の消失を動植物の移植や復元によって補おうとする代償措置が注目されています。しかし、生態系の外観・構造・機能はある程度復元できても、その自然が経てきた「歴史性」の再現は不可能です。残された自然の保護・保全こそ優先すべきであり、復元・創出などの実験は、過去の開発によって自然が失われた場所で実施すべきであることを、あらためて強調します。この原則を見失えば、地球上から歴史を内蔵する本物の自然が激減することになるでしょう。その意味からも、都市圏にかろうじて残された海上の森のような自然は、地域固有の自然が長い年月を経て形成されてきたことを示す歴史を語る語り部たちの最後の砦として、自然再生のかけがえのないコアとして、保全上の価値が極めて高い場所です。今回の環境影響評価に当たっては、環境への影響の「回避」「低減」にこそ最大限の努力を払うべきであり、開発の免罪符としての移植や復元などの代償措置は実施すべきではありません。

2 環境影響評価に係る実施計画書の全般的な問題

新しい環境影響評価法を骨抜きにする実施計画書
今回公表された環境影響評価の実施計画書を見る限り、従来と同じような旧態依然とした貴重種主義に偏り、人と自然とのかかわりの中で維持されてきた里山自然をどのようにとらえるかの視点が欠落しています。博覧会協会が目標として掲げる「21世紀のモデル」にはほど遠く、国際的水準に照らしても著しく遅れた内容であるうえ、新しい環境影響評価法の理念も活かされておりません。このままの計画で環境影響評価が進められては、海上の森の価値が適切に把握されないだけでなく、環境影響評価法の実質的な適用第一号として、極めて悪い前例を残すことになります。

現在の環境影響評価法自体もまだ不十分な面があるとはいえ、これまでと比べ大きく改善された新しい部分、つまり「生態系や生物多様性の保全」「地域の自然環境の特性への配慮」「身近な自然の保全」といった新たな価値観と評価基準が、今回しっかりと活かされなければ、環境影響評価法そのものが形骸化してしまうおそれが生じます。前例踏襲型のわが国の行政では、そのマイナス効果ははかりしれません。万博、住宅、道路建設の三事業すべてにわたり、実施計画書の大幅な見直しが必要です。

3 環境影響評価に係る実施計画書の問題点と提言の概要

当協会は、今回のスコーピングに当たり、植物生態学、動物生態学、保全生態学、景観(景相)生態学、自然地理学、環境経済学、環境社会学、エコミュージアム研究など幅広い分野の研究者から成る「海上の森・万博問題第二次小委員会」(委員長、金森正臣・愛知教育大学教授:詳細別記)を4月17日付で発足し、実施計画書を詳細に分析・検討した上で、その議論を参考に問題点と提言をまとめました。その内容は、解説編に詳述しましたが、概要は以下の14点に絞られます。

「環境影響評価の仕組みにかかわる問題」としては、

第1 代替案の検討と調査範囲の拡大
通産省の検討委員会が「事業計画へのフィードバックが十分行われる取り組みを目指す」と提言し、21世紀のモデルとなる環境影響評価とすることをうたっているにもかかわらず、実施計画書では海上の森をあらかじめ会場と決め、調査範囲を海上の森に限定しています。これでは、複数の代替案を比較検討する「計画アセスメント」とはなりえず、国際的水準と比べて、著しく遅れた内容です。調査範囲を拡大し、複数の代替案を検討する環境影響評価を実施すべきです。

第2 万博・住宅・道路の三事業の総合的な影響評価
万博事業と、その跡地利用計画の新住宅市街地開発事業及び名古屋瀬戸道路の建設は、工期も工事内容も密接に絡み合った複合事業であるにもかかわらず、三事業が全体として引き起こす最終的な自然環境への影響が、総合的に調査・予測・評価される仕組みになっていません。同一地域に複数の開発が行われる場合、個別の事業ごとの影響が軽微であるとの結果が出たとしても、全事業を一体として評価した場合、自然環境に甚大な影響を及ぼすことがあり、三事業の総合的な評価が不可欠です。通産省の検討委員会も万博と住宅・道路の環境影響評価の「連携」を提言しています。

第3 三事業の環境影響評価を審査する第三者機関としての合同審査委員会の設置
21世紀のモデルを目指すからには、環境影響評価の科学性・公平性を審査する第三者機関が必要です。今回は、三事業を一体として審査すべきなので、愛知県と博覧会協会が連携して「合同審査委員会」を設置すべきです。また、評価書確定段階で環境庁長官が意見を述べる際、第三者的なチェック機能を働かせるために、環境庁中央環境審議会の下に三事業を審査する「特別審査会」を設置すべきです。

第4 社会経済・環境経済的観点からの事業評価
21世紀のモデルを目指すのであれば、社会経済及び環境経済的観点からも事業計画の必要性・妥当性を評価すべきです。環境経済学的評価には、一般市民へのアンケート等によって、失われる生態系の損失を経済的に評価するCVM(仮想評価法)が存在します。

第5 住民参加と公開性をともなったスコーピングの運用
環境影響評価法の実質的な適用第一号として、住民参加と公開性をともなったスコーピングの運用を実現し、今後の環境影響評価の模範となる前例を残すべきです。残念ながら、博覧会協会及び愛知県による説明会や意見交換会は、一方通行の住民参加・情報公開であり、民主的な手続きを踏んでいるとは言えません。

第6 一般市民にとって公正で分かりやすい準備書のあり方
準備書は、一般市民にとって公正でわかりやすいものとする工夫をし、従来の環境影響評価で出された準備書のスタイルを大幅に改善すべきです。


「実施計画書の具体的な内容にかかわる問題」としては、

第7 実施計画書の科学的根拠と信頼性
この実施計画書は書類としての体をなしていません。そもそも今回の環境影響評価の「目的」がどこにも示されておりません。この計画書の作成者名及び責任の所在もあいまいです。また、これまでの実施計画書の作成に当たり、個人あるいは環境コンサルタント業者、アドバイザーとしての学識経験者らがどのように関わったか、さらに学識経験者が今後の環境影響評価の調査及び評価においてどのようにかかわっていくかについて、その内容とプロセスが全く説明されておらず、実施計画書の科学的根拠、信頼性を認めることができません。

第8 評価と環境保全措置
実施計画書では、環境影響評価のプロセスで最も重要な部分である「評価」と「環境保全措置」についてわずか2ページの記述であり、環境庁の環境影響評価法に係る基本的事項をほぼそのまま丸写ししただけの内容にとどまっています。これでは事業者側が現段階で想定している評価と環境保全措置に対する方針が全く不明です。

第9 代償措置
環境保全措置には、環境への影響の「回避」「低減」のほか、影響が避けられなくなった場合の「代償措置」などが含まれますが、これらの検討に当たっては、環境への影響の「回避」「低減」にこそ最大限の努力を払うべきです。実施計画書では代償措置の項目で「動植物の移植等」を挙げていますが、移植などの代償措置を安易に導入することは、環境保全措置の趣旨を曲解しています。

第10 モニタリング調査
実施計画書では環境影響評価法に基づく「事後調査」に関する記述がわずかで、事業者側の方針が一切不明です。事後調査とは本来、事業実施後に自然環境に予想外の影響が起こった場合に有効に対処するための「事後監視(モニタリング)」として位置づけるべきです。

第11 「生物多様性の確保及び自然環境の体系的保全」の調査・予測手法
環境影響評価法の成立によって、新たに「生態系」への影響を調査・予測・評価する項目が盛り込まれましたが、実施計画書では、相変わらず個別の「種」レベルでとらえる視点にとどまっており、ある生物群集とそれを成り立たせている物理的環境特性を含めた生態系の構造と機能を総合的に調査・解析し、評価する視点がありません。とりわけ海上の森のような場所では、人の生活域である水田や耕地、人家やその周辺の雑木林などAゾーンにみられる里山自然の生態系の機能及びその価値をいかに評価するかが重要ですが、このような人と自然との生態学的かかわりに関する調査及び予測・評価の内容が欠落しています。

また、実施計画書では、A、B、Oのゾーニングを念頭に、それぞれのゾーンごとに分けて生態系を評価しようとしていますが(特にAゾーンとBゾーン)、A、B、Cゾーンをセットとして総合的に評価する必要があります。なぜならば、水田や草地、雑木林など伝統的な農林業によって維持されてきた開けた谷や吉田川渓谷のあるAゾーン、土岐砂礫層地域の貧栄養な湿地と極度に遷移の遅い痩悪林からなるBゾーン、人工林、砂防林や水源涵養林などからなるCゾーンという、それぞれ生態的特性の異なる地域が連続して存在していることによって、野鳥や昆虫類等の多様性が大きく高まっている可能性が大きいからです。また、調査期間が明示されていませんが、生態系の評価には最低でも3年間の調査期間が必要です。

第12 「人と自然との豊かな触れ合い」の調査・予測手法
環境影響評価法では、身近な自然の保全の観点から、新たに「人と自然との豊かな触れ合い」について影響を評価することになりましたが、実施計画書では、野球場や陸上競技場などから成る市民公園や、緑化センターなど、施設整備された野外レクレーションの場を「(自然との)触れ合い活動の場」として数多く挙げているのに対し、肝心の「海上の森」は「(触れ合い活動の)立地ポテンシャルを有する場」として価値を下げられています。実施計画書は、人工的なレクレーション施設での諸活動を「人と自然の触れ合い」としてとらえており、本来の自然の中での直接的な触れ合いで得られる人々の感動や自然に対する畏敬の念、それを通して培われる自然観や生命観の大切さが認識されていません。

また、海上の森に点在するさまざまな文化財や縦横無尽にはりめぐらされた小道など、先人たちの文化的所産に対しての認識もありません。触れ合いの評価に当たっては、地元住民の生活や文化がどのように自然と結びついてきたか、その関係性を具体的に調査することや、海上の森で展開されている市民による自然観察会の具体的な内容を調査すべきです。また、里山の歴史的・文化的側面を評価する際は、米国で実施されているHEP法(Habitat Evaluation Procedure)のような手法を参考にすべきです。

実施計画書では、「景観」の項目が、単なる視覚的な眺望景観に限定されていますが、生態学的な景観とは、地域の生き物と人の生活を規定し、生物多様性のあり方を支配する空間パターンとしてのランドスケープ(Landscape)であり、視覚の世界だけでなく生態系の構造、機能、動態のすべてを含むものです。このような観点から、実施計画書の景観項目の内容を大幅に見直すべきです。

第13 ゾーニング
実施計画書では自然環境に対する環境影響評価の結果を待たずに、A、B、Oのゾーニングがすでに決定されたかのように扱っています。ゾーニングは施設建設との都合からなされており、環境影響評価実施前にゾーニングを決めてしまうことは、環境影響評価制度の形骸化につながります。

第14 万博の想定入場者数と自然環境への負荷
実施計画書は万博事業の入場者数を2500万人としていますが、この試算だと1日平均14万人、ピーク時はその2~3倍が入場し、明らかに自然環境への負荷は甚大です。一方、集中的な施設建設が計画されているAゾーンに対する「人の入り込み」の影響を評価する項目がなぜか欠落しています。海上町では地元住民が生活を営んでおり、万博構想に反対していますが、実施計画書では、この方々への影響を見る視点がほとんどありません。これは、今回の環境影響評価で最も重要な問題であると言えます。


本意見書では、「実施計画書」という場合、特にことわりのない限り、三事業に共通した意見を述べています。「万博」という注をつけた意見は、(財)2005年日本国際博覧会協会、「住宅」「道路」という注を付けた意見は愛知県知事に対するものです。

なお、上記問題点の「第二」にもかかわることですが、三事業の統一的な環境影響評価が行われ、その結論が全体の構想に適切に反映されるために、現在進められている住宅と道路計画に係る都市計画決定手続きを一時凍結する必要があります。その点については本意見書と同時に、建設大臣と愛知県知事に対し、三事業一体の環境影響評価の結論が出るまでは、都市計画決定手続きを中止するよう求める意見書を提出致しました。

 

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