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意見書その2 (解説編:実施計画書の具体的内容にかかわる問題)

1998.06.01
要望・声明

2.実施計画書の具体的内容にかかわる問題

【7】実施計画書の科学的根拠と信頼性

問題点
この実施計画書には、今回の環境影響評価の「目的」が示されていない。また実施計画書の作成者名及び責任の所在も明示されておらず、行政書類としての体をなしていない。また、重要な項目で環境庁の基本的事項を丸写しするだけの記述や大ざっぱな記述が目立ち、環境影響評価法に基づく「方法書」として、直接の関係者以外の第三者がその内容を理解できる状態になっていない。これでは、事前に情報公開してその是非を問う、環境影響評価法の大きな目玉の一つであるスコーピング制度を歪め、形骸化している。さらに、実施計画書の作成に当たり、個人あるいは環境コンサルタント業者、アドバイザーとしての学識経験者らがどの
ように関わったかについて、また、今後の環境影響評価の調査及び予測・評価においてどのような学識経験者がかかわっていくかについて、そのプロセスが全く説明されておらず、実施計画書の科学的根拠、信頼性を認めることができない。

また、実施計画書では、食物連鎖の図中(万博P65)、昆虫食のツツドリ、ホトトギスが両生は虫類食となっていたり、「個体数」とすべきところを「固体数」と表示(万博P60、63、92、93など多数)するなど、科学的に明確な誤りが数多くみられる。

提言
実施計画書の科学的根拠と責任を明示し、本来のスコーピングの趣旨に沿った情報公開がなされるために、上記の点について改善したうえで、実施計画書を作り直すべきである。

【8】評価と環境保全措置

問題点
実施計画書では、環境影響評価の最も重要な部分である「評価」と「環境保全措置について、万博はわずか2ページ(住宅・道路では数行)の記述にとどまっており、環境庁の環境影響評価法に係る基本的事項をほぼそのまま丸写しした内容となっている。事業者側が現段階で想定している評価と環境保全措置に関する方針が全く不明であり、スコーピングの制度を形骸化している。今後の調査の結果、環境への影響が明らかになったとき、その影響をどのようにして「回避」するか、「低減」するなのかつまり評価と環境保全措置の方針について、スコーピング段階で十分な情報公開と意見交換がなされていない。

提言

1.環境保全措置には、「回避(ゼロ案)」「低減」「代償」などが含まれるが、これらのすべてについて、可能性をどう判断したか、またそのためにどのような努力をするつもりなのか、事業者側の方針や努力について実施計画書に明記すべきである。

2.評価と環境保全措置の検討に関し、「事業者の実行可能な範囲で」という言葉が散見されるが、「実行可能な範囲」とは具体的にどのような意味なのかを示すべきである。また、「実行不能」と判断した場合、「事業を止めるのか」あるいは「環境保全措置への努力を止めるのか」を明らかにすべきである。
環境影響評価法では、従来の閣議決定による環境影響評価に基づく「公害優先-環境基準クリア型」から、「自然環境重視-環境保全措置努力型」への脱却がうたわれている。つまり、公害の未然防止という発想に基づく従来の環境影響評価が、全国一律の画一的な環境基準の達成に重点が置かれていたために、生態系や生物多様性の保全にほとんど機能してこなかった反省から、環境影響評価法では、「生態系や生物多様性の保全」「地域の自然環境の特性への配慮」「身近な自然の保全」といった新しい価値観が盛り込まれた。これらの分野に画一的な環境基準はなじまず、新しい評価の視点が求められていることを環境庁も強調している。不可欠なのは、画一性からの脱却と、その地域の自然特性や事業計画の特性等に応じた柔軟な調査・予測・評価であり、各事業ごとのオーダーメイドの環境影響評価が求められているのである。

そこで、実施計画書では評価と環境保全措置について、事業者がどのような見解・主張を示すかについて特に注目したが、万博の第4章「評価手法及び環境保全措置の考え方」における記述はわずか2ページ(住宅・道路では数行)にとどまり、環境庁の基本的事項をほぼそのまま引き写しただけの内容となっている。基本的事項はあくまで指針、マニュアルであり、これに基づいて事業者側がどのような具体的な方針を取るのかを実施計画書で具体的に示すべきである。

環境庁の基本的事項は「環境保全措置の検討に当たっては、環境への影響を回避し、又は低減することを優先するものとし、これらの検討結果を踏まえ、必要に応じ当該事業の実施により損なわれる環境要素と同種の環境要素を創出すること等により損なわれる環境要素の持つ環境の保全の観点からの価値を代償するための措置の検討が行われるものとすること」とし、「回避」「低減」の優先を明記している。一方で、「環境保全措置は、事業者により実行可能な範囲内において検討されるよう整理されるものとする」と規定している。

つまり、環境基準クリア型の絶対評価でなく、環境保全措置の努力に対する相対評価をうたっている点でこれまで以上に事業者の姿勢が問われてくるが、「事業者の実行可能な範囲で」との規定に象徴されるように、事業者による恣意的な評価が入り込む余地もまた残している。

法の実質的な適用第一号である今回の環境影響評価では、このあいまいさを利用して消極的な姿勢で臨むのではなく、運用面で最大限に法の精神を活かしていく姿勢こそが求められる。今回の内容次第では、せっかくの環境影響評価法が形骸化され、今後にとっても悪い前例を残すことになる。そのマイナス効果はからり知れない。

環境保全措置には、「回避(ゼロ案)」「低減」「代償」などが含まれるが、実施計画書ではこれらのすべてについてどのような努力をするつもりか、事業者側の現段階での方針や努力が表明されるべきである。環境への影響が明らかになったとき、その影響をどのようにして「回避」するか、「低減」するつもりなのか、つまり評価と環境保全措置の方針について、スコーピング段階で十分な情報公開と意見交換が行われるべきである。

さらに、「実行可能な範囲」とは具体的にどのような意味なのか、コストなのか技術なのか時間なのか、それとも別の尺度なのか、現時点で事業者が想定するガイドラインを示すべきである。事業者は、「実行可能な範囲」とは具体的に何を指すのかを実施計画書に明記すべきであり、実行不能な場合には「事業を止める」のか「環境保全措置への努力を止める」のかを明らかにすべきである。

【9】代償措置措置

問題点

1.実施計画書では、代償措置についても環境庁の基本的事項の丸写しとなっており、事業者が想定する代償措置の定義や、どのような場合に代償措置を取るつもりなのかの適用条件などが一切不明である。

2.代償措置について、実施計画書が唯一つ具体的に挙げているのが「動植物等の移植」である。しかし、保全は個体レベルではなく、個体群、遺伝的つながりに基づくメタ個体群のレベルで保障されなければならないので、移植は保全とは基本的に別次元の行為と考えるべきである。安易な移植をもって代償措置ということはできない。

3.実施計画書で示されたゾーニングを見ると、あたかもAゾーンの代償措置として、B、Cゾーンの保全を位置づけているような印象を受けるが、失われる生態系と機能や特性において同等の生態系を復元するという米国のミティゲーション(Mitigation)における代償措置(Compensate)の基準に照らしても、この認識は誤っている。A、B、Cゾーンの環境特性はそれぞれ全く異なるタイプのものであり、Aゾーンの損失がB、Cゾーンで代替されることはあり得ない。
提言

1.今回の環境影響評価では、環境への影響の「回避」「低減」に最大限の努力を払うべきであり、代替地の検討を本格的に行うべきである。

2.事業者が想定する代償措置やその適用条件について、実施計画書に明記し、その是非を住民にも問うべきである。

3.動植物の移植を唯一の代償措置とすることは、代償措置本来の趣旨に反するので、安易に実施すべきではない。

4.元の生態系を破壊する代わりに人工的な自然を復元・創出するという代償措置では、元の自然が経てきた歴史性まで人の手で作り出すことはできないことを事業者は理解すべきである。まして、海上の森のような歴史的・文化的側面を持つ里山の生態系は、安易な「緑化」や都市公園的ビオトープといった人工自然では代替できないことを認識すべきである。実施計画書には「会場は可能な限り緑化し」と記述されているが、緑化はかえって元の生態系を攪乱し、破壊するおそれも大きいので、緑化ではなく、元の生態系を残すことこそ目指すべきである。
環境庁の基本的事項には「代償措置を講じようとする場合には、環境への影響を回避し、又は低減する措置を講ずることが困難であるか否かを検討するとともに、損なわれ又は創出される環境要素の種類及び内容等を検討するものとする」と規定されているが、これについても実施計画書は引き写しとなっている。事業者が想定する代償措置の定義とは何なのか、どのような場合に代償措置を取るつもりなのかの適用条件などが一切不明である。

実施計画書で唯一つ、代償措置について具体的に挙げているのが「動植物の移植等」だが、本来、保全は個体レベルで考えるべきものではなく、個体群、遺伝的つながりに基づくメタ個体群のレベルで保障されなければならない。このため移植と保全とは、基本的に別次元の行為と考えるべきである。

日本においては、代償措置の定義や手法は未だ確立していない。米国では、湿地や藻場などにおいて、開発前後で生態系の価値を同等に保つ「ノーネットロス(No-Net-Loss)」政策に基づき、ミティゲーション(Mitigation)の概念が明らかにされ、1969年の国家環境政策法(NEPA)制定によって、環境政策の一つとしてミティゲーションが本格導入された。ミティゲーションの定義は幅広く、開発行為を実施しないことによって影響を回避する「回避=Avoid(ゼロ案)」、影響を最小化する「最小化=Minimize」、影響を受けた環境を修復・回復させる「修正=Recity」、影響を低減または除去する「低減=Reduce」、開発で失われる環境を、代替的な資源または環境で置き換えようとする「代償=Compensate」が含まれている(米国環境審議委員会=CEQによるミティゲーション定義より)。これは、日本の環境影響評価法の「環境保全措置」に当たる概念と言える。

米国のミティゲーション(環境保全措置)は、「代償」を選択する際には失われた生態系と機能において同等の価値を持つ生態系の復元を求めているので、仮に今回、事業者が「代償措置」を実行する方針を表明するのであれば、少なくとも、失われる生態系と機能において同等の生態系を別の場所に復元するという最低条件を達成する覚悟はしなければならない。

実施計画書で示されたゾーニングを見ると、あたかもAゾーンの代償措置としてB、Cゾーンの保全を位置づけているかのような印象を受けるが、一般的なミティゲーションの基準に照らしても、この認識は誤っている。Aゾーンの環境特性と、B、Cゾーンの環境特性は全く異なるタイプのものであり、Aゾーンの損失がB、Cゾーンで代替されることはあり得ない。事業者は、現計
画が意味するAゾーンの自然環境損失の大きさを、直視すべきである。

しかし、仮にAゾーンの損失を別の場所で復元する代償措置を選ぶとしても、極めて大きな課題がある。米国においても、代償措置による環境の回復・復元の定量的評価・把握については不確実性が高く、ノーネットロス政策に基づく湿原の復元では、物理的な環境条件は戻ったけれども生物は戻らず、なかなか元の湿原らしい湿原に復元されない事例も指摘されている。なお、海上の森西部の湿地生態系については特に、土岐砂礫層に由来する極貧栄養の湧水を確保し、継続的な浸食による動的地形を備えた立地を別の場所に造成することは事実上不可能なため、湿地の移植やビオトープは代償措置としての意味を持たない。

以上の観点から、今回の環境影響評価では、移植や復元などの代償措置ではなく、環境への影響の「回避」「低減」にこそ最大限の努力が払われるべきである。

また、海上の森の場合、人との関わりの中で維持されてきた里山生態系としての要素も含んでいることから、代償措置による人工自然の復元・創出に当たっては、こうした里山の歴史的・文化的側面まで人工自然によって代替できるかの是非も問われなければならない。地元住民が長い年月をかけて利用し、育んできた里山の持つ歴史の重みは、人工自然では創り出せない。まして、各地のダム等にみられる「緑化」や、都市公園のようなビオトープでは里山の生態系を代替できないことを、事業者は認識すべきである。

【10】モニタリング調査

問題点

1.実施計画書はモニタリング調査に関する説明を具体的にせず、ここでも環境庁の基本的事項を引き写しただけであり、事業者としてどのように取り組もうとしているかの姿勢が見えてこない。

2.新住宅市街地開発事業及び名古屋瀬戸道路建設に係る実施計画書では「事後調査」とされ、万博の実施計画書では「追跡調査」と記述されているが、使い分けの理由が不明である。
提言

1.「事後調査」と「追跡調査」の使い分けの理由及び違いを説明すべきである。

2.従来の環境影響評価で行われてきたものは、形式的な事後観察の域を出なかったが、モニタリング調査とは本来、事業実施後に予想外あるいは突発的な環境への影響が生じた場合に、科学的かつ有効に対処すべき「事後監視(モニタリング)」として機能すべきである。今回の環境影響評価では、このような科学的観点から調査が計画され、次の環境影響評価(あるいは地域の環境管理)に結果をフィードバックさせるものとすべきである。
環境影響評価のモニタリング調査は、影響予測が正しかったかどうかを確認し、予測とは異なる影響が出た場合に直ちに悪影響を回避する措置をとるという重要な役割を持っている。今回の環境影響評価においても、実施計画書では「予測の不確実性が大きい場合、効果に係る知見が不十分な環境保全措置を講ずる場合等に」モニタリング調査を実施することになっている。

しかし、三事業の実施計画書をみると、なぜか住宅と道路建設の実施計画書は「事後調査」となっており、万博の実施計画書では「追跡調査」という言葉が用いられている。何らかの理由があって使い分けていると思われるので、その理由と両者の違いを説明すべきである。もし同じ内容ならば用語は統一すべきだが、もし、万博の実施計画書では何年かにわたるモニタリングを行うが、住宅と道路建設の実施計画書ではただ一回の事後調査ですませるというのであればモニタリングとして不十分である。不確実性の大きい場合や効果に係る知見が不十分な行為を環境保全措置として行うこと自体が問題であるが、それを行った場合のモニタリ
ングは、単なる「事後調査」ではなく、「事後監視」であるべきである。

【11】「生物多様性の確保及び自然環境の体系的保全」の調査・予測手法

問題点

1.第4章「生物多様性の確保及び自然環境の体系的保全」の記述は全体的に概括的なもので具体性に欠け、どのような調査・予測がなされるか捉えにくい内容となっている。全般的にみて従来と同様に貴重種主義に偏っている。

2.環境影響評価法の成立で新たに加わった「生態系」の項目は、調査・予測の力点が特定の種の食物連鎖に偏っており、ある生物群集とそれを成り立たせている物理的環境特性を含めた生態系の構造と機能を総合的に調査・解析し、評価する視点が欠落している。この内容では、従来の環境影響評価と同様に「種」レベルの評価にとどまり、生態系の評価とは言えない。指標種の選定も不十分である。

3.人の生活域である水田や耕地、人家やその周辺の雑木林などの里山自然の生態系の機能及びその価値をいかに評価するかの視点や、人と自然との生態学的かかわりに関する調査及び予測・評価の内容が、実施計画書では欠落している。「里地生態系という言葉が記述されているが、これが何を意味しているか不明である。

4.土岐砂礫層に基盤をなす貧栄養湿地生態系に対する調査が不十分である。

5.生態系の立地基盤と重要なかかわりがある水文学的調査について、実施計画書は「水質」「底質」「地下水」「その他(河川流量等)」の調査によって行うとしている。しかし、これでは相互に関連しあう要素を別々に調査するだけで、特に湿地生態系を維持・保全するための水文学的調査としては不十分である。

6.実施計画書では、予測手法について全般的に「定性的」に行うとされているがこれは科学性・客観性に欠ける。

7.調査期間が明示されていない。
提言

1.生態系の調査・予測手法の明示
実施計画書であるからには、どのような調査・予測手法を用いるかについて、より具体的な手法を明示し、その是非を問うべきである。

2.生態系の構造的・動的な把握

生態系を単純な一つのピラミッドとして把握するのではなく、幾つかの小さな生態系ユニットの組み合わせによって、大きな生態系ユニットが成立していることを踏まえ、各ユニットの組成及び構造的特徴をまず明らかにし、これらのつくりと相互関係(エネルギー源、群落・群集レベルから流域・地形ユニットのレベルでの多様性の解析も含めて)を解明し、評価すべきである。また、従来の環境影響評価では、生物種の静的な分布の把握にとどまっていたが、今後は、生息個体数や繁殖状況、分布域の季節変動、年変動や遷移を含めた生態系のダイナミクスを把握すべきである。

3.指標種の選定の問題

生態系への総合評価がなされるためには、指標種が、その生息空間である雑木林や餌としての植物・昆虫などとどのような関係にあるのか、その関係性も解明すべきである。そのためには食物連鎖だけでなく、指標種にとって周辺の雑木林などの生息空間がどのような役割を果たしているか、指標種の生活(行動圏内の内部構造とその構造上の特性)についても調査すべきである。

生態系における指標種の選定は、ともすればレッドデータブックに記載されている貴重種や食物連鎖で上位に位置する種に偏りがちだが、普通種であっても生態系を支えるうえで重要な種は指標種とし、生態系の中で担う役割を評価すべきである。今回は、少なくとも猛禽類はすべて対象とし、ほかに吉田川渓谷沿いの生態系を特徴づけるサンコウチョウやサンショウクイも指標種とすべきである。

実施計画書では、陸域と水域の生態系を分け、それぞれの食物連鎖構造を別々に把握しようとして指標種を設定しているが、陸域生態系と水域生態系を往来する生物種も多く、その典型として両生類、水生昆虫(ゲンジボタルよりもむしろトンボ類がふさわしい)及びサワガニを指標種に追加すべきである。

4.「里地生態系」の定義と比較評価

実施計画書に記述されている「里地生態系」の定義、つまりその範囲・組成・構造的特徴を明らかにすべきである。また、これを評価する際には、海上の森以外の他の地域のものと比較して評価すべきである。また、海上の森で維持されてきた人為と自然環境との関係について、現在及び歴史的変遷の視点で解析し、評価すべきである。

5.人と動植物の生態学的かかわりの評価

Aゾーンとされている海上の森の里山自然に対し、水田や耕地なども含めた生態系の構造及び機能、人と野生動植物との生態学的なかかわりについての実態を調査するとともに、その重要性を評価すべきである。

6.食物連鎖の調査

食物連鎖の調査でも、指標種の生息個体数推定や繁殖状況の把握だけでなく、食物連鎖の中で重要な役割を担う普通種の数量的把握をし、影響を評価すべきである。特に鳥類の繁殖調査では、区域内でどのように次世代が育っているかを動的に把握することが重要であり、注目種だけでなく生態系を支える普通種(ヒヨドリ、ホオジロ、ウグイス等)の個体群変動を把握したうえで、影響を評価すべきである。また、猛禽類の調査では、営巣地調査だけでなく、餌場や繁殖状況の把握、スペアの営巣地、行動圏が隣接する他個体との関係等の把握が重要であり、少なくとも3年程度の調査期間が必要である。

7.土壌動物の評価

土壌動物が生態系の中で担う役割は非常に重要であり、調査項目に加えるべきである。

8.イタセンパラの調査

特に道路計画に関して、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」の国内希少種(レッドデータブックの絶滅危惧種)であるイタセンパラに与える影響も評価すべきである。

9.植物群落

「我が国における緊急な保護を必要とする植物群落の現状と対策(植物群落レッドデータブック、NACS-J・WWF-J、1996年)」を基にして、 NACS-Jでは個々の植物群落の保護管理と対策必要性の観点から、分類群としての植物群落の保護上の危機に関する評価基準を定めた(6月上旬に公表予定)。このデータを基に、分類群としての植物群落の評価を行うべきである。

10.土岐砂礫層の植生

土岐砂礫層地域と花崗岩地域の生態系はそれぞれ異なる性質を持っている。特に土岐砂礫層地域は貴重種を随伴する湿地や痩悪な(貧栄養で遷移の遅い)森林が発達しており、注目されている。土岐砂礫層の植生は、コケ植物や地衣植物の生育が特徴的であるため、植生調査ではこれらの植物を含めた調査・解析をすべきである。またシデコブシや湿地など、特有の生態系の特質を明らかにするためには、土岐砂礫層地域と花崗岩地域を比較検討し、その特性と成立要因を解析する調査を実施すべきである。シデコブシの生息・成立要因の解析には、水質分析とともに年間湧水量や変動などの水分収支に関する調査が必要である。なお、これらの湿地ではすでに立ち入りによる植生破壊の兆候が見られ、慎重に調査すべきである。

11.湿地生態系の水文学的調査

湿地生態系を保全するためには、湿地生態系が分布する水系が花崗岩地域とはまったく独立しているかどうか、隣接するAゾーンの開発が湿地生態系に影響を及ぼすかどうか、予定地全体の地下水の循環構造がどのようになっているのかを把握しなければならない。そのための水文学的調査として、海上の森の各地点における気温・降水量観測、主要な小流域の流量観測・水温・水質調査、土層構造の調査、斜面の浸透流観測、湧水地点の流量・水温・水質調査、海上の森全域に数地点の観測井を設置して、地下水位観測と水温・水質調査を実施すべきである。これらの一部を用いて蒸発散量の計測、地下水流出量の算定を行い、流域の水収支を明らかにすべきである。その場合、一部は豊水期と渇水期の調査で足りるが、多くの観測は年変動を考慮し、最低3年間の観測が必要である。小流域の選定は、湿地生態系を対象とするほか、その特質を明らかにするために花崗岩地域との比較が必要なので花崗岩地域も対象とすべきである。

12.A、B、Cゾーンの総合評価

A、B、Cゾーンはそれぞれ異なる生態的特性を持っており、実施計画書はそれぞれのゾーンごとに個別に生態系を評価しようとしている。しかし、これらをセットとしてみた場合の生態系を総合的に評価する必要がある。なぜならば、水田や草地、雑木林など人間と関わりのある開けた谷や吉田川渓谷のあるAゾーン、土岐砂礫層地域の貧栄養な湿地と極度に遷移の遅い痩悪林からなるBゾーン、人工林、砂防林や水源涵養林などからなるCゾーンという、それぞれ生態的特性の異なる地域が連続して存在していることによって、海上の森全体の野鳥や昆虫類の多様性が大きく高まっている可能性があるからである。

13.地域における海上の森の自然環境の比較評価

海上の森の自然環境は、
・山頂から平野部に至るまで一連の連続性を保持した形態で存在している。
・源流部からの水系がダムなどの大型人工構造物で分断されていない形態で存在している。
・地形的多様性を備え、異質な特徴を持つ多様な生態系が存在し、また発達する資質を備えている形態で存在している。
・他地域との生物的交流が可能な形態で存在している。
・永続的な存続を保証されているか、あるいは保証される可能性がある形態で存在している。

海上の森と同様に、このような特性をすべて備えたまとまった面積を持つエリアがこの地域にどの程度存在しているかを調査し、地域生態系における海上の森の価値を評価すべきである。また、生態系の比較評価をする際には、その生態系がどこまで連続性を保っているかを評価すべきである。面積的に十分な自然が残されていても、これらが道路などの人工構造物によって分断されて孤立し、有機的な連続性を失えばその価値は大きく低下する。海上の森は、山頂から平野部に至るまでの集水域が連続性を持った形態で残っており、この「連続性」を他地域との比較の上で評価すべきである。

また、ゾーニングでは、上流域のCゾーンと下流域のBゾーンの間に、これらを分断する形で万博施設や住宅を建設するAゾーンを設定する土地利用計画となっている。さらに名古屋瀬戸道路(自動車専用道路)等によっても分断される計画となっており、この分断が生物種に与える影響を調査・評価すべきである。

14.調査圧の問題

現地調査では調査圧の問題にも十分留意して進めるべきである。

15.定性的予測の問題

予測手法について全般的に「定性的」に行うとされているが、「定量的」な予測手法によって、その科学的・客観的根拠を示すべきである。

16.調査期間

動植物及び生態系の調査期間は、少なくとも3年間は必要である。

【12】「人と自然との豊かな触れ合い」の調査・予測手法

(1)「景観」

問題点

1.環境の要素として考慮すべき「景観」とは、単なる「眺望景観」ではなく、地域の生き物と人の生活を規定し、生物多様性のあり方を強く支配する、空間パターンとしてのランドスケープ(Landscape)である。この学問領域を専門とする景観生態学では今日、里山の景観的な価値が広く見直されてきている。ところが、実施計画書の「景観」項目はほぼ視覚的景観にのみ限定され、景観の内容が著しく矮小化されている。

2.万博の実施計画書では、完成後の景観上の影響をCG(コンピュータグラフィック)などを用いて、計量心理学的手法で調査することになっている。しかし、なぜか住宅開発事業と道路建設計画では、フォトモンタージュ等を用いた予測にとどまっている。

長期的な影響という点では、住宅と道路の方が景観に与える影響が大きいので万博と同じレベルあるいはそれ以上の調査を実施すべきである。

提言

1.生態学的な景観(ランドスケープ)の概念を踏まえ、実施計画書の景観項目の大幅な見直しを求める。

2.景観について国内のコンサルタント業者の間では理解が不十分なため、景観(景相)生態学の複数の専門家から指導を受けるべきである。

景観という言葉が、視覚的な狭い意味に捉えられる誤解を生みやすいため、最近ではランドスケープに「景相」という訳語も使用される。景相は、視覚の世界で捉えられる景観、風景、景色、景域だけでなく、生態系の構造、機能、動態のすべてを含むものであり、いわば景観が全体としてもつ相として「景相」という表現が用いられている。さらに、景相生態学は耳によるサウンドスケープや嗅覚、味覚、触覚の世界も含めた五感の生態学であり、認知科学で説明される心の世界までも含むとされる。

ところが、実施計画書の「景観」項目はほぼ視覚的景観にのみ限定され、景観の内容が著しく矮小化されている点で問題が大きい。

景観生態学(景相生態学)の分野でも、今日、里山の景観的な価値が広く見直されてきている。里地・里山には伝統的な農業や生活と結びついて維持されてきた各種タイプの森林(雑木林、二次林、マツ林、鎮守の森、屋敷林、植林など)、草地、池沼、水田などの多様な生息・生育環境がモザイクのように組み合わされ、かつ統合されたユニットが存在する。多様な空間がつくるモザイクは、生物に多様な生活の場と必要な生息・生育環境とを提供する。生物多様性の視点からの里地・里山自然の価値は極めて高い。このようなさなざまな空間要素が一体となって自然の豊かさを織りなす景観(景相)は、一方では文化的・歴史的な存在とし
て、また人と自然との豊かな触れ合いの場として、かけがえのない価値を持つ。そこから一部だけを切り取ったり、そこに各種施設などの人工構造物のような異質な一片を持ち込んだりしても、その価値は失われる。

万博が理念に掲げる「人と自然との共生」という点からは、Aゾーンこそ景観(景相)レベルで保全上の価値が最も高い。しかし、土地改変を伴う整備や各種施設の建設がこの場所に計画されているのは、明らかにこの万博の理念に反する。

(2)触れ合い活動の場

問題点

1.実施計画書は、野球場や陸上競技場、プールなどから成る「瀬戸市民公園」や「緑化センター」など、施設整備された野外レクレーションの場を「(自然との)触れ合い活動の場」として挙げているのに対し、海上の森は「立地ポテンシャルを有する場」として価値を下げられている。つまり、実施計画書は人工的なレクレーション施設での諸活動を「触れ合い」ととらえており、本来の自然の中での直接的な触れ合いで得られる人々の感動や自然に対する畏敬の念、それを通して培われる自然観や生命観の大切さが認識されていない。また、海上の森に点在するさまざまな文化財や縦横無尽にはりめぐらされた小道など、先人たちの文化的所産に対しての認識も欠落している。

2.実施計画書では、施設型レクレーションの場を「触れ合い活動の場」として挙げ、「注目すべき理由」として、年間利用者数を「○年度○万人」などのように説明しているが、自然との触れ合いは本来、野球の観戦や遊園地などのように利用者数・参加者数が多ければよいという単純なものではない。

3.実施計画書の「現地調査」や「アンケート」の内容が全く不明である。

4.実施計画書では事業が「触れ合い活動」に与える影響を予測する観点として「物理的変化、利用特性の変化」「利用者の快適性等の変化」「アクセシビリティの変化」を挙げている。しかし、施設型のレクレーション機能や交通アクセスの利便性を念頭に置いたこのような基準は、開発が「触れ合い活動」に与える影響を予測する手法として、根本的に誤っている。

提言

1.日本人は古来から、海上の森のような身近な自然とのつきあいを通して、自然と人間とのかかわりを肌で感じ、経験や体験として蓄積することにより、固有の自然観をつくりあげてきた。地域の人々の生活様式や自然観・文化・伝統は、その地域の自然の特性と密接にかかわっており、地域に根ざした多様な文化を形成してきた。しかし近年、こうした身近な自然環境の多様性の減少が、幼いころから接することのできる自然を失わせ、子どもの遊びの多様性の減少、生物の呼称の多様性の減少につながり、文化の多様性を減退させている。

「自然との触れ合い活動」の定義とは、このような自然環境の持つ教育上の役割、人の自然観の形成と文化の多様性の醸成上の役割などの観点からとらえるべきである。

また、海上の森で展開されている自然観察会は、伝統的に行われてきた身近な自然との触れ合いとともに、自然の直接体験活動であり、「自然との触れ合い活動」の中心に位置づけられる。実施計画書で示された「触れ合い活動の場」の定義と調査・予測手法の大幅な見直しを求めるとともに、自然の直接体験の場として海上の森を「立地ポテンシャルを有する場」と位置づけるのではなく、「触れ合い活動の場」の中心的存在として据え直すべきである。

2.触れ合い活動の調査に当たっては、参加人数や開催回数などで単純に評価すべきではなく、具体的な体験の「中身」を重視すべきである。地元住民と海上の森の自然環境とのかかわりについては、信仰など精神的なものも含め、地域住民の生活がその場所の自然とどのように結びついているかを具体的に調査し、その「結びつき」は人と自然の共生のモデルとなる関係性として、最大の価値を持つものとして評価すべきである。調査手法としては、琵琶湖博物館の研究調査報告「水辺の遊びにみる生物相の時代変遷と意識変化~住民参加による三世代調査報告書~」の観点等を参考にすべきである。また、地域住民の中に埋め込まれた自然観というのは、言葉にもならずまた他者に伝達しにくい特色があるので、調査方法を十分検討する必要がある。調査に当たって、地元の語彙、方言を使うのはもちろん、できる限り古い写真や地図を用いる資料提示型調査をし、記憶の掘り起こしに努めるべきである。調査者があらかじめアンケートで質問項目を絞り込むと、地域住民が応えられない部分が把握できないので、アンケートは望ましくない。このような調査は、環境社会学や民俗学、人類学などの分野で、しかも現地調査経験の豊富な研究者の指導を受けて実施すべきである。また、子どもの野遊びには地域の伝統的な生活習慣などが反映されていることから、人口動態や社会環境についても調査すべきである。

一方、自然観察会活動については、日本自然保護協会の自然観察指導員らが中心となって実施している自然観察会などのプログラム内容、観察会による心理面の変化(効果)などについて、きめ細かいヒアリング調査を実施すべきである。また、林縁部や町中での自然観察会では、外側から見た海上の森がテーマとして設定されることからそうした場で海上の森がプログラムとしてどのように扱われているかについても把握すべきである。

1.海上の森の中には、縄文・弥生時代の遺跡や瀬戸文化を代表する古窯などの文化財が多く存在し、山神、水神、薬師観音、弘法堂、多度神社、五輪塔といった地元住民の伝統的な文化の所産が森全体に点在している。森の中を縦横無尽に走る小道は地元の人々が生活と文化の中から生みだしたものである。これらを、海上の森の里山自然と共に歩んできた先人たちの所産と位置づけ、自然と一体のものとして保全し未来に継承していくことを念頭に、評価の対象とすべきである。

こうした里山の歴史的・文化的側面は、通常の環境影響評価ではなかなか浮き彫りになってこないので、科学的に定量化しにくい。これらの価値を客観的に評価する手法として、米国で使われているHEP(Habitat Evaluation Procedure)法を参考にすべきである。これは、生態学的調査にとどまらず、住民へのアンケート・ヒアリングの結果を活用する方法も含まれる。例えば、里山で観察会を行っている市民グループの意識・体験情報を「美しいと思う場所」「残したいと思う場所」「親しめる場所」「鳥の声を聞いた場所」「そこにいると気持が落ち着く場所」「ごみで汚れている場所」などの形で集約し、環境診断マップのような地図情報としてまとめ、自然の文化的な非貨幣的価値を評価することができる。米国では、このような情報が植生図などと同レベルで分析対象とされている。この手法は、代償措置を講じようとする場合に失われる生態系と復元する生態系の価値を比較評価する場合にも活用されており、米国では、こうした多様な価値をHEP法などによって定量化し、全体の点数が同じにならなければ代償措置とは認めていない。

従来のように貴重種だけを調査する手法では、生態系の評価が点情報になりがちだが、生態系を面的・空間的に捉えたり、人の五感を通してとらえられる生態系の価値を評価する手法として参考にすべきである。

2.国の環境基本計画は、「自然の直接体験」を目指す自然観察会活動が教育的にも重要な意味を持つことをうたっている。市民の手で実施されている海上の森での自然観察会はまさにその点で実績があり、こうした観察会活動の歴史や地域で果たしてきた環境教育上の役割についても、調査すべきである。

3.高規格道路や各種施設等の建設が自然環境を分断することが、自然観察会活動などに及ぼす影響は大きい。具体的には、自然性の高い地域に忽然と高規格道路や高層ビル、各種施設が現れることになるわけで、その価値を大きく低減することになる現実的に予想されるこのような影響まで評価すべきである。

4.実施計画書では調査範囲が瀬戸市周辺に限定されているが、里山の自然を求める都市住民の欲求は高まっていることから、都市住民への影響も検討すべきである。都市住民への影響調査では、CVM(仮想評価法)が有効である(たとえ海上の森を訪問したことがない人でも、将来訪問するかもしれないので残しておきたいと考える都市住民もいるし、訪問することがなくても里山に価値を持つ人もいるので、アンケート・ヒアリング調査では対象を訪問者や地域住民に限定すべきではない)。

5.以上の観点を踏まえ、実施計画書の調査手法とともに、予測手法も大幅に見直すべきである。

【13】ゾーニング

問題点

1.実施計画書では、ゾーニングがすでに確定したかのように示されているが、環境影響評価の前にこのようなゾーニングを示すのは、環境影響評価の目的を歪める。

2.このゾーニングは、自然環境保全の観点よりも、土木工事や建築工事等の開発計画の合理性に基づき描かれたものであり、自然保護上また生態学的にも極めて問題が大きい。

3.「人と自然の共生」という万博の理念に照らすと、里山の「里地」を含むAゾーンこそ景観(景相)生態学的な保全上の価値が最も高い場所であり、この部分を改変するのは万博の理念と矛盾する。

4.土岐砂礫層に基盤をなす特異な湿地生態系が広がる西部地域は、Bゾーンとして保全するとしているが、その上流側のAゾーンの開発がBゾーンに大きな影響を及ぼす可能性がある。

提言
現在のゾーニングは白紙に戻し、科学的かつ客観的な環境影響評価を実施すべきである。

環境影響評価の結論を待たずに、開発のゾーニングが示されること自体、環境影響評価の意義を損なうものであり、問題が大きい。しかし、仮にこのゾーニングに従ったとしても、Aゾーンは里山自然の景観を保全するうえで最も重要な場所であり、Bゾーンを保全するからといってAゾーンを開発してよいことには決してならない。また、A、B、Cゾーンはそれぞれ異なる生態的要素を持っており、これらが連続して存在することによって海上の森全体の生物の多様性が高まっているので、一体的に保全する必要がある。

【14】万博の想定入場者数と自然環境への負荷

問題点
実施計画書では、万博事業の入場者数を6カ月で2500万人と想定している。1日平均14万人、ピーク時はその2~3倍に達する人々が主にAゾーンに立ち入ると見られる。1人当たりの面積は、Aゾーンを80?と仮定すると、約6平方?となり、自然環境への負荷ははかりしれない。里山自然の中心部が大きな人為の影響を受けることは明らかである。しかし、実施計画書(万博P78)「環境要素-影響要因マトリクス」によると、「人の入り込み利用」による影響の評価対象が、注目すべき植物種、植物群落、植生、動物種に限定され、Aゾーンへの影響評価が欠落している。

提言
人の入り込みが最も激しいのは、万博の利用地となる予定のAゾーンなので、「環境要素-影響要因マトリクス」の「人の入り込み利用」の対象に「里地生態系」も含めるべきである。

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