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「海草の移植実験は環境保全措置とはなっていない」意見書を提出

2002.08.19
要望・声明

「海草の移植実験は環境保全措置とはなっていない。移植実験及び埋立事業にかかる工事をただちに中止すべき」、泡瀬干潟の埋め立て事業に関して意見書を提出しました。


平成14年4月12日

沖縄及び北方対策担当大臣 尾身 幸次 殿
沖縄県知事 嶺 惠一 殿
環境大臣  大木 浩 殿

財団法人 日本自然保護協会
理事長 田畑 貞寿

泡瀬干潟(中城湾港(泡瀬地区))公有水面埋立事業に対する意見書

 2002年2月26日、尾身幸次沖縄担当大臣は、平成13年度第4回中城湾港泡瀬地区環境監視・検討委員会(2月22日)において、「バックホウを使用した機械移植工法により海草の移植が可能であることが確認された」との認識に立ち、泡瀬干潟埋立計画に係る環境問題はめどが立ったとして、埋立事業再開の考えを示しました。そして3月15日、沖縄総合事務局は、第Ⅰ工区を対象とした当面の作業内容を発表し、工事が再開されました。

しかし、今回の工事再開の根拠とされている平成13年度第4回環境監視・検討委員会資料*1では、移植海草の追跡調査結果は、すべての場合において生育面積の減少を示すなど、移植実験は決して「概ね順調」とは言えず、「機械移植工法により海草の移植が可能」とする科学的根拠を著しく欠いています。海草の移植先は元来海草が生育していた藻場であり、その健全な海草藻場の上に海草ブロックを置くという方法をとっているため、市民グループの調査結果によれば、移植先での海草の枯死や二枚貝類等の底生生物の死滅の実態が報告され*2、移植実験による泡瀬干潟生態系の撹乱が生じていることが明らかになっています。

中城湾では、1945年以前は375haあった干潟が新港地区の埋め立て等ですでに205haに減少しており、泡瀬干潟の埋め立てを行えばさらに156haに減少し、1/2以上が失われることになります*3。また泡瀬干潟は沖縄本島では辺野古沖(173ha)に次ぐ面積(112ha)の藻場が残されており*3、沖縄本島では最大規模の藻場と言えます。3月27日に地球環境保全に関する関係閣僚会議で決定された新・生物多様性国家戦略では、まとまった藻場が全国的に急激に減少している中で、減少・劣化の著しい浅海域の干潟・藻場の重要性とその保全の必要性が強調され、国際的にもその保全が強く求められています。また沖縄県は「沿岸域における自然環境の保全に関する指針」*4において、泡瀬干潟の藻場を中心とした海域を自然環境の厳正な保護を図る区域として評価ランクⅠに指定しています。

このような保全上重要な自然環境は、現在ある自然をそのまま保全することが最優先されるべきであり、貴重な動植物の移植や、人工的な生育・生息地の造成は、環境保全措置とはなり得ません。特に海草移植については、本来衰退した藻場あるいは一度破壊された海草藻場を再生させるために行うものです*5。現存する海草藻場を移植する場合は、藻場の持つ多様な生物の生育・生息地としての機能や水質浄化機能などの生態系システム全体が保全されなければなりませんが、その技術は未だ確立されていません。

本事業の環境影響評価準備書に対する沖縄県知事意見では、「価値の高い自然がある場合は自然本来の姿を保全することをまず優先しなければならないこと、干潟・藻場の自然環境の保護・保全を図るため、できる限り事業の回避又は低減をしなければならないこと」が指摘されています。しかし、現在実施されている海草移植実験をはじめ、底生生物やシギ・チドリ類等さまざまな生物の生息地保全、水質浄化機能の保全等については、環境保全措置として十分検討の上実施されているとは言えず、知事意見に応えたものとはなっていません。

埋め立て事業を実施すれば、多様な生命を支える干潟・藻場が消失し、泡瀬干潟の生態系に多大な影響を与えることが懸念されます。
このような状況を踏まえ、当協会は、泡瀬干潟の干潟・浅瀬がかけがえのない重要な湿地であるとの認識に立ち、関係各機関に対し以下の通り、泡瀬干潟の保全と埋立計画の根本的な見直しを求める意見を申し述べます。

  1. 内閣府沖縄総合事務局は、機械移植工法による海草の移植実験が泡瀬干潟の生態系を撹乱させ、環境保全措置とはなっていないため、海草移植実験及び埋立事業にかかる工事をただちに中止すべきである。
  2. 内閣府沖縄総合事務局及び沖縄県は、沖縄県に残された貴重な干潟・浅海域である泡瀬干潟の自然環境保全のため、埋立事業を中止し、事業の生態系への影響を回避するとともに、環境学習の拠点やエコツーリズム等、泡瀬干潟の自然環境を活かした地域振興策を検討すべきである。
  3. 環境省は、環境影響評価法の主旨に基づき、海草移植実験等に関し適切な環境保全措置が図られるよう内閣府沖縄総合事務局及び沖縄県に対し助言するとともに、新・生物多様性国家戦略に基づき、泡瀬干潟の自然環境保全のため、内閣府沖縄総合事務局及び沖縄県と協議し、泡瀬干潟埋立事業の根本的見直しを促し、泡瀬干潟の自然を活かした持続可能な地域づくりに対する支援を行うべきである。

理由書

1.泡瀬干潟の自然環境の重要性

泡瀬干潟は、泥、砂、サンゴ礫の底質をもった干潟・浅瀬から、海草藻場、ガラモ場、サンゴ礁と連なる多様な環境を持ち、それぞれの環境に適応して、絶滅危惧種として注目されているクビレミドロやトカゲハゼだけでなく、貝類やカニの仲間などの底生生物の生息場、あるいは魚類の幼稚魚生育場、シギ・チドリ等の渡り鳥の採餌・休息の場など、多様な生物の成育・生息の場となっている。さらに海水中の有機物を分解するなどの水質浄化の場でもあり、生態系の重要な機能を果たしている。

泡瀬干潟の海草藻場ではこれまでの調査により9種の海草が報告されているが、そのうちヒメウミヒルモは環境省のレッドデータブック*6(以下RDB)で絶滅危惧Ⅱ類に、ウミヒルモ、リュウキュウスガモ、ベニアマモ、リュウキュウアマモ、マツバウミジグサ、ウミジグサ、ボウバアマモの7種は準絶滅危惧種に指定されている。また、これらの海草藻場は近年、ジュゴンの採餌場としても注目されている。ジュゴンは国の特別天然記念物に指定されているほか、IUCN(国際自然保護連合)の2000年版レッドリストに絶滅のおそれの高い「危急種」(VU)として記載されており、2002年2月版UNEP(国連環境計画)が発表した報告書においても国際的な保護が求められている。ジュゴンの確認情報は沖縄本島東海岸地域に集中しており*7、沖縄本島における最大規模の泡瀬干潟の藻場が埋立により消滅することは、ジュゴンの生息に多大な影響を与える可能性がある。

また、「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書*8」(以下、環境影響評価書とする)や環境監視・検討委員会の資料*1によれば、RDBの絶滅危惧ⅠA類に指定されているトカゲハゼや、絶滅危惧Ⅰ類に指定されているクビレミドロなどの貴重種の数は、植物6種、魚類、軟体動物、節足動物など42種にのぼる。その他、泡瀬干潟では市民調査によりこれまでに210種以上の底生生物が確認されており*9、生物多様性保全の上からも重要な場所となっている。

さらに、泡瀬干潟を含む中城湾全体は、沖縄本島ではラムサール条約登録湿地である漫湖よりもシギ・チドリの飛来数が多く、環境省が2001年12月に公表した重要湿地500箇所に指定されている。中でもムナグロの越冬数は日本最大であり、RDB記載種のアカアシシギ、ホウロクシギも報告されている。また泡瀬干潟は、特に東アジア、オーストラリアとの間を渡来する渡り鳥にとって重要な場所となっており、国際的にもシギ・チドリ類渡来地(保護区)ネットワークの湿地として、その保護が求められている。
また、泡瀬干潟は年間を通じて日常的に釣りや貝採り、潮干狩り、水遊び、自然観察などで地域の人々に利用され、人と自然の豊かな触れ合いの場、自然体験を通した環境教育の場として、人にとっても大きな価値を持っている場所である。干潟には人々の思いが込められた石碑が立ち、海岸にはそれを臨むようにほこらが建てられ、人々と泡瀬干潟とのつながりが伺える。かつて漁に使われていた魚垣も残され、地域の文化や歴史を伝える場ともなっている。

2.環境保全措置の問題点

環境監視・検討委員会では、トカゲハゼやクビレミドロ等の貴重種及び海草藻場の保全措置が検討されている。しかしこれらの生物は単独で生きているのではなく、長い年月を経て作り上げられた泡瀬干潟の生態系のつながりの中で生存しており、本来の生息地の生息環境を保全することを第一に考慮すべきである。現在検討されている移植や人工増殖、生息地の人工造成といった措置は、事業による影響を回避、低減するための保全措置とはなり得ない。

例えばトカゲハゼについては、新港地区を保全の成功例として挙げているが、新港地区では埋め立て以前に比べ生息地が減少し、人工造成地でも砂質化傾向が進んでおり、トカゲハゼの生息環境を技術的に確立したとはいえない。
同様にクビレミドロについても、勝連地区では藻体移植後にクビレミドロが全く確認されず、屋慶名地区でも移植した藻体の約87%が死滅しており、技術が十分に確立されたと言えないと報告されている。このような状況で現在のクビレミドロの生息地に近接する第Ⅰ工区の工事を着手すれば、その生育に重大な影響が及ぶことが懸念される。

海草藻場の移植実験については、移植先が元々良好な藻場であるため、移植元の藻場が消滅するだけでなく、移植先でも既存の藻場への影響や、そこに生息する貝類等の死滅などの影響が指摘されている。また移植海草の追跡調査結果は、全ての移植先において生育面積の減少を示している*1。調査結果は移植後短期間の生育状況を示すものであり、生育状況については将来どの程度活着するかを予測するにはなっていない。69箇所の移植地の半数にあたる34箇所は、移植後1~3週間後に、残りの35箇所については約2ヶ月後に生育状況調査を行い、移植可能との評価を出しているが、海草の種ごとの生活史や環境条件の違いによる成長の仕方をふまえ、最低でも1年、あるいは数年間のモニタリングが不可欠である。

また環境監視検討委員会の資料には、生育地の環境、移植先の環境や移植の際の条件についても、水深が記載されているのみで、海流(流向・流速など)や底質、水質などについては触れられていない。移植に適する条件の検討や移植地の選定は、種ごとに検討されるべきであり、そのような検討が全くなされていないだけでなく、どの場所にどの種類の海草を移植したかのデータも記載されていない。移植の実験といいながらもその結果を科学的に評価できるデータがなく、移植が成功したとは決して言えない状況である。

3.持続可能な地域づくりの必要性

これまで述べてきたように、泡瀬干潟はその豊かな自然環境、人との関わりの歴史から、沖縄市、沖縄県のみならず、国民共有の財産として将来に残し伝えるべき場所である。しかし、埋立事業を実施すれば、泡瀬干潟の自然環境は破壊され、地域で培われてきた人と自然との豊かな触れ合いは断ち切られる。

この埋立事業は、近接する中城湾新港地区の航路・泊地整備に伴う浚渫土砂処分場として整備する目的で計画されたものである*8。しかし1993年に環境基本法が制定され、自然と共存した持続可能な社会の形成が全世界の共通の課題となっている中で、浚渫土砂の処分を理由に貴重な干潟を埋め立てることは認め難い。また、埋立地に計画されているマリーナや人工ビーチなどの海洋レクリェーション施設は全国画一的な計画となっており、泡瀬地域の個性を活かしたものとは言えない。このような計画が真に地域の未来を豊かにするものなのか、幅広く市民の声を聞いて再考する必要がある。

泡瀬干潟ではこれまでも釣りや貝採り、潮干狩りといった日常的な利用が行われてきた。さらに最近では、その豊かな自然環境と市街地からのアクセスの良さを活かし、泡瀬の干潟で遊ぶ会などの市民グループによる自然観察会や、スノーケリングによるエコツアーなど、自然との触れ合い活動が活発に行われており、環境学習の場としての利用への期待も高まっている。

今年1月に沖縄市で開催されたシンポジウム「渚のエコツーリズムと地域振興~泡瀬干潟のスノーケリングを例として~」(主催:泡瀬干潟を守る連絡会・南伊豆海洋生物研究会)には、県内各地から250名が参加し、人々の関心の高さを伺わせた。シンポジウムでは、泡瀬干潟の自然が、スノーケリングによる体験型環境教育の場として、全国的に見ても特筆に値することなどが報告され、泡瀬干潟におけるエコツーリズムの可能性が示された*10
泡瀬干潟の自然環境を保全しながら、環境学習拠点やエコツーリズムなどにより、持続的な利用が図られるような地域づくりが進められるべきである。

 

<参考文献>

  • *1 内閣府沖縄総合事務局開発建設部・沖縄県土木建築部・(財)港湾空間高度化環境研究センター 平成
    13年度中城湾港泡瀬地区環境監視・検討委員会 第4回委員会資料 2002
  • *2 水間八重 泡瀬干潟における機会による大規模な海草場移植実験の現状について 2002
  • *3 環境庁 第4回自然環境保全基礎調査 海域生物環境調査報告書(干潟、藻場、サンゴ礁調査)1994
  • *4 沖縄県環境保健部自然保護課 自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)1998
  • *5 相生啓子 海草移植に関する見解 2002
  • *6 環境庁自然保護局野生生物課 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック-8
    植物Ⅰ(維管束植物) 2000
  • *7 ジュゴンネットワーク沖縄 沖縄のジュゴン保護のために(資料集) 2000
  • *8 沖縄開発庁沖縄総合事務局 中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書 2000
  • *9 水間八重 泡瀬干潟の海草移植予定地内の貝類 2002
  • *10 泡瀬の干潟を守る会連絡会・南伊豆海洋生物研究会 シンポジウム渚のエコツーリズムと地域振興
    ~泡瀬干潟のスノーケリングを例として~ 2002

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