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北海道「天塩川水系サンルダム計画地における絶滅危惧種、 カワシンジュガイ類の保全を配慮せずに開始した 魚道試験に対する意見書」の提出

2008.09.10
要望・声明

問題点

1. カワシンジュガイ類の生息状況の評価が十分にされていない。
2. カワシンジュガイ類の人為的な移動・移植は生態系の攪乱を起こしている。
3. 魚類専門家会議による科学的な検討が不十分。
4. 国の施策としての生物多様性保全の視点が欠如している。


2008年9月10日

国土交通大臣 谷垣 禎一 殿
環境大臣 斉藤 鉄夫 殿

(財)日本自然保護協会
理事長 田畑 貞寿

 

天塩川水系サンルダム計画地における絶滅危惧種
カワシンジュガイ類の保全を配慮せずに開始した
魚道試験に対する意見書

 

当協会は、サクラマスが自然遡上する北海道・天塩川水系サンル川を、河口から渓流までの連続性が確保された生物多様性豊かな河川環境として注目し、2006年5月にサンルダム計画の問題点を指摘し見直しを求める意見書を提出した。しかし、これまでに道内自然保護団体から出された疑問・意見にも十分に応えず、ダム計画を盛り込んだ「天塩川水系河川整備計画」が2007年10月に策定された。国土交通省北海道開発局は、地元漁協の同意のないまま、来年度予算要求に本体着工費用を計上し、ダム着工の準備を進めている。

 

この度、ダム計画に関わる魚道試験調査が行われたことに対して、生物多様性保全の観点から問題点と意見を下記に述べ、緊急な対応を求める。

経緯

 

天塩川水系流域委員会では、魚道による遡上性魚類の保全対策への懸念が残されたため、「天塩川魚類生息環境保全に関する専門家会議」(座長 辻井達一 北海道環境財団理事長、以下魚類専門家会議)が2007年11月に設置された。魚類専門家会議において、事業者はサクラマスの魚道遡上効果を測るために、サンル川の一部を堰き止める長さ約20mの魚道試験を提案した。この試験は、希少種の取扱いに慎重を期するため、当初予定を延期したものの、9月10日より30日まで実施されている。

 

ここで問題にあげるコガタカワシンジュガイ(絶滅危惧I類)は、本年8月27日の魚類専門家会議で、ダム計画地に生息していることがはじめて明らかにされたものである。また、魚道試験地の河床において行なわれた採集調査(除去法、2008年6月~8月)では、カワシンジュガイ(絶滅危惧II類)も含めた累計数は517個体と報告されている。その後も採集されたおよそ、計700個体を下流の河床へ移動させた。

問題点

 

1.カワシンジュガイ類の生息状況の評価が十分にされていない

これまでの地元市民団体の調査によっても、様々な大きさのカワシンジュガイ類が確認され、両種がこれだけの高密度で生息していることは、豊富な遡上性魚類によって健全な世代交代が続いていることの証であり、サンル川の河川の連続性が確保され、環境の多様性と生物多様性の豊かさを示す何よりもの証拠である。にもかかわらず、これまでの検討経過では、天塩川流域全体のカワシンジュガイ類の現状評価の材料となる資料・情報が十分に示されていないばかりか、現状保存も選択肢に含めた保全策が検討されていない。

 

2.カワシンジュガイ類の人為的な移動・移植は生態系の攪乱を起こしている

カワシンジュガイ類は自身の移動能力が極めて低いため、遡上性魚類に寄生することによって河川の上流部に行き着き、河川増水によって下流側へ移動する性質を持つ。サンル川でも、下流にしたがって大きな個体が見られることが市民団体の調査からも示唆されている。さらに両種の生息適地についても宿主となる魚類の特性によって住み分けている可能性もあり、安易に人為に移動・移植してしまったことは、保全生態学的に二度と現状に戻すことが不可能な攪乱(かくらん)を起こしたといえる。

 

3.魚類専門家会議による科学的な検討が不十分

魚類専門家会議の検討の場においては、移動・移植先のカワシンジュガイ類の生息状況、生息適地評価、モニタリングの手法・評価法は明確に示されていない。これら、本来、希少種保全の観点からも科学的に慎重に行わなければならないことを、魚類専門家会議では疎かにしており、この地域のカワシンジュガイ類の個体群への絶滅リスクをあげることにつながりかねない。

また、魚類専門家会議では、2006年にはコガタカワシンジュガイをサンル川で確認していることを委員が発表しており、「天塩川水系河川整備計画」策定時(2003~2007年10月)で、何も触れられていないのは不自然である。環境省によるレッドデータブック見直し発表(2007年8月)後の11月に設置された魚類専門家会議の当初から、絶滅危惧種の指定状況からカワシンジュガイ類の調査・保全についての検討をすることができたはずである。

 

4.国の施策としての生物多様性保全の視点が欠如している

1997年の河川法改正により、「環境の保全」の観点が加わり、2008年5月制定の「生物多様性基本法」では、国に生物多様性保全の施策の責務があるとし、基本原則では予防原則と科学的な評価による順応的管理がうたわれている。にもかかわらず、この試験魚道の実施に向けた手続きは、これらを十分に踏まえた姿勢か疑わしい。生物多様性条約が掲げる、2010年目標「生物多様性の損失速度を劇的に下げる」にむけた、生物多様性条約第10回締約国会議(2010年)の開催国としても、相応しい対応ではない。

 

 

意見

 

国土交通省は、

    1. 目的や評価方法が不明であり、希少カワシンジュガイ類にも影響を及ぼしている魚道試験を即刻中止し、可能な限り現状を復帰する努力をすべきである。

 

    1. サンル川をはじめ天塩川流域全体のカワシンジュガイ類の世代交代の状況、遺伝的な解析から明確に種を同定した分布調査を行い、ヤマメ(サクラマス)、イワナ(アメマス)の遡上・産卵状況と合わせたそれぞれの生息適地の環境条件を明らかにし、基本的には現状保存に基づいた保全策を検討すべきである。

 

    1. 懸念事項に関して、地元自然保護団体と魚類専門家会議との協議の場を早期に設けるべきである。

 

  1. このように河川の生物多様性に重大な影響を及ぼすサンルダム計画は根本的に見直し、来年度の本体工事予算計上は見送るべきである。

 

環境省は、

  1. サンル川が希少な河川生態系の重要地域(ホットスポット)であることは明らかであるため、第三次生物多様性国家戦略の基本戦略「森・里・川・海のつながりを確保する」河川であると認識のうえ、国土交通省北海道開発局による不十分な保全対策をただ追認するのではなく、生物多様性保全の観点から前述の調査・保全策の検討には積極的な協力・関与をすべきである。

 


* コガタカワシンジュガイ(Margaritifera togakushiensis)の解説

それまでカワシンジュガイ1種として考えていたが、その形態や宿主の違いから2005年に新種として発表(Kondo. Kobayashi,
2005)された。

イワナ・アメマスのエラに幼生期に寄生し、夏期水温が20℃を超えない水域の礫~泥底に生息する。ヤマメ・サクラマスに寄生するカワシンジュガイとは遺伝的にも異なる。2007年12月発表・更新の環境省レッドデータブックで、絶滅危惧I類に指定。堰などによる遡上障害や釣りなどの漁獲によって減少し、世代交代が困難になっており、河川改修による生息場所の破壊や、森林伐採による土砂流入、水温上昇によって生息が脅かされている。

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