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「忌避効果をもつ観察ステーションを目立つ位置に設置したことは、適切さを全く欠く」

2001.01.30
要望・声明

国土交通省(旧建設省)・川辺川工事事務所における藤田谷クマタカペアの行動圏調査の体制と、使用した調査ステーションの問題点(記者説明用資料・ステーション名マスキング版)


2000年1月29日
(工事事務所-調査グループ゚・第3回クマタカ問題協議ミーティング用資料)

(財)日本自然保護協会(NACS-J)
熊本県クマタカ調査グループ

建設省・川辺川工事事務所における藤田谷クマタカペアの行動圏調査の体制と、使用した調査ステーションの問題点

1.行動圏の判定に基づく原石採掘地の評価をめぐる対立

熊本県川辺川の藤田谷に繁殖地を持つクマタカペア(種の保存法・制令指定種)は、1996年から2000年秋現在までの5年間において、流域のダム影響範囲内でもっとも繁殖成功率のよいペアとして知られている(建設省公表資料から)。しかしまた、現在計画中の川辺川ダム事業におけるダムサイト建設と、その工事のための原石採取予定地に営巣地が近いことから、ダム建設による環境撹乱の影響をもっとも強く受けるペアでもある。

これらのことから、日本自然保護協会(NACS-J)と熊本県クマタカ調査グループ(以下、調査グループという)は、独自にこのペアの行動圏を調査分析し、繁殖活動を継続させるにあたって保護すべき範囲を建設省(現国土交通省、以下同様)に対し提示した(1999年12月)。また、建設省の川辺川工事事務所(以下、事務所という)も、特にこのペアについては詳細な調査を実施し、調査グループと同様、コアエリアと繁殖テリトリーを識別したとして調査結果の概要を公表している(2000年6月)。

しかし、この二つの調査結果においては、特に原石採取予定地とされた範囲(通称、原石山。以下、原石山という)の判定に大きく差がある結果となっていた。すなわち、調査グループは、ここは繁殖の継続に特に重要な「繁殖テリトリー」の中核地域であるとして十分な保護が必要と主張したのに対し、事務所では原石山は繁殖テリトリーをかすめてはいるが行動圏内部構造の境界に位置しているため、原石採取の影響は比較的小さく計画の微調整で足りると主張した。

このように、クマタカの繁殖ペアにおける行動圏内部構造の判定と、その結果に基づく原石山の取り扱いをめぐり、双方の主張は対立したままとなっている。
 

2.クマタカ調査とその保護に関わる協議の実施

このような主張の対立は、判断の元になる双方の調査結果とその分析のし方の違いに起因すると考えられたことから、調査グループは2000年7月、事務所に対し資料の公開と詳細説明を要望した。それに対し事務所は、文書での情報提供は差し支える部分があるため、直接面会して説明すると返答した。その後の調査グループと事務所の交渉によって、会議の意図・出席者・未公表資料の取り扱い等の一定の取り決めがなされた結果、2000年8月7日から藤田谷を中心とするクマタカ調査とその保護に関わる協議が実施され、現在までに2回が実施されている。

2000年10月4日の第2回目の協議では、かねて調査グループから文書での回答を求めていた事務所が業者に委託した調査活動における観察ステーション(観察者配置位置)の配置に関わる資料が提示され、これが明らかとなった。

調査グループは事務所の説明と公表資料を合わせて一覧表(別紙.表)を作成し自らの観察ステーションとの比較検討を行ったが、その中で事務所が原石山を行動圏内部構造の端と判断することになった原因が、その調査(観察)実施体制にある可能性が高いと考えられた。
以下にその要点を説明する。
 

3.「コアエリア」の範囲判定において、事務所とNGO調査との相違を生み出した要因と考えられた「調査体制」に関する問題点

一覧表(別紙.表)における主要な注目点は、

調査期間自体は長いが、範囲判定に使える主要データは実質10ヶ月分であること

事務所の解説では、データを集めた期間は7年間となっているが、一覧表からは各年の調査実施月がまちまち(年あたり最低4回、最大35回、平均で17.6 回実施。平成7年は調査なし)で実施形態が一貫していないことがわかる。クマタカの繁殖期行動圏の調査の際の基本期間である1月から6月までを通して実施している年は、全調査期間足掛け8年間の中では平成11年1年間のみである。

このことは、この8年間にわたる調査が当初から一貫して計画された上で実施されたものではなく、平成5年春秋と6年春、8年冬-9年春・10年春秋の期間に行われた「平成5年に全体の概要をつかんだ後、観察ステーションBという1ヶ所でその後の春秋だけを見ていた調査」と、平成11年1月-12年3月までの「平均3-4ヶ所の観察ステーションを使った、基本調査期間を意識した調査」が組み合わされたものといえる。

平成10年12月に民間研究団体からクマタカ調査マニュアル概要版(1998,クマタカ生態研究グループ)が公表されていることから、このマニュアルの発行と藤田谷のクマタカに関する調査グループからの指摘に伴って、平成11年にようやくスタンダードな調査が行われ始めたものとみることができる。そのため、検討の中心となる実質の調査期間は平成11年1月-12年3月までに実施された10ヶ月分であり、行動圏を判定するための実質の調査期間としてはかなり短いことになる。

1回の調査に使用する観察ステーション数が少ないため、全体をカバーできていないこと

調査期間とされた7年間での全観察回数(日数)は123回(年平均17.6回)となっているが、藤田谷1調査回数あたりの観察ステーション数は最大で5ヶ所(回数5回、しかも平成5年6月のみ)、最低は1ヶ所(49回、全回数の40パーセント)で全体を平均しても2.0ヶ所である。調査回数の少なさはある程度調査時の観察ステーション数の多さでカバーすることもできうるが、事務所の調査データは観察ステーション数も少ない状態で取られたものであることが分かる。

このことは、事務所の調査は起伏の多い山地であるクマタカ1ペアの生息範囲(調査地)を周辺まで広く観察する体制として十分なものでなく、調査グループ(最大8ヶ所、平均2.75ヶ所)に比べ物理的に観察できない範囲が多い(観察データがまんべんなく取れない)調査体制といえる。このことは、ある特定範囲からしかデータが得られないことになるため、絞り込みの方法でコアエリアを判定することにならず、結果としてコアエリアを狭く判定することにつながっていると考えられる。

 

4.事務所の調査結果(データ)に重大な歪みを生み出したと考えられる「観察ステーション位置」の問題点

事務所が使用した観察ステーションの位置については、第2回目の協議会の場で初めて明示された。その中で、保護保全の対象である繁殖するクマタカペアの生息環境利用の範囲とその内部構造を把握・考察するためのデータそのものに、調査手法からくる人為的な歪みが含まれていると考えられる事実が明らかとなった。

それは、事務所が設定し一度でも観察に使用した観察ステーション16ヶ所のうち、■ステーションと■ステーションと名づけられた観察ステーションは、この地のクマタカペアがその範囲の自然環境をどのように利用するかということを観察しなければならないその範囲の中、しかも最も行動に影響を与え易い尾根部に設けられていたことである。

このような観察者の存在は、観察対象に対しその観察ステーション周辺の直接の環境利用を忌避させ、またその観察ステーション周辺を迂回させてしまうことにより平常の飛行コースをとらないといった調査結果(データ)自体に歪みを生み出すことが多い。そのため、通常は事前に回避 (そのようなところを観察ステーションに選ばない)するのであるが、この調査ではそのような位置に設定されていた。このような設定になったのは、見晴らしのよい地点を得ることで最小人数で実施したことにできるということを、取れるデータの質の維持より優先させた結果と考えられる。問題のある観察ステーションは、以下の2ヶ所である。

注…■ は、オリジナルの当資料には観察ステーションの固有の記号が入っているが、この説明用資料ではマスキングした。事務所が公表したクマタカ関係の資料において、ステーション名とその位置はクマタカの繁殖についての位置情報等を伝えてしまうとして非公開とされ、協議の場においてもコピー資料は提供されなかった。そのため、この資料でもステーション名は非公開のままとした。しかし、その位置は問題点の原因であり、またこれらのステーション情報が営巣地を脅かすことはないと考えられたため、図示は控えた上で概要のみを文で表記した。横山隆一

原石山頂上部北側の■の問題

■と名づけられた観察ステーションは、原石山予定地の頂上部から約350メートル程北側に設けられていた。この観察ステーションの使用頻度は、調査期間全体で見ればのべ245回中27回の11パーセントであるが、前項で、スタンダードな調査で検討の中心となる実質の調査期間であると考えられた平成11年1 月-12年3月までの(調査していない期間を除いた)正味10ヶ月分でみてみると、108回中27回の25パーセントにものぼり、月毎の調査期間中ほぼ毎回使用された月が10ヶ月中5ヶ月もあるという状態であった。

すなわちその期間のデータは、ほとんどすべてこの問題のあるステーションを使用する中で得られたデータとなる。ある範囲のクマタカの環境利用度を詳細に把握することを目的にした調査にも関わらず、その範囲内の目立つ位置に、観察対象に対して忌避効果をもつ観察ステーションを設置したことは、適切さを全く欠くものといえる。

調査初期に使用された■の問題

■と名づけられた観察ステーションも、原石山予定地の北側約500メートルの尾根部に設けられていた。この観察ステーションの使用頻度は調査期間全体で見れば245回中28回の11パーセントであるが、平成5年春-6年春に集中して使用されているため、平成5年春-6年春の一単位の調査期間でみた場合、その使用頻度は33回中28回の85パーセントもの割合であった。

平均2ヶ所しかない観察ステーションで行われたこの期間の調査において、前項同様の問題を持つこのようなステーションが主要観察ステーションとして使用されていたことは、適切さを欠くといえる。

2ヶ所しか置かない中で視界を広くとるには、このようなステーションを使うしかなかった、あるいは、このステーション位置が重要な範囲の中に含まれないと決めてかかっていた、というのが実際ではないかと推測される。

 

まとめ

調査体制の不十分さ、■ステーションと■ステーションの設置とこのような使用によって、当該クマタカ(ペア及び若鳥)の行動、特に原石山予定地周辺の指標行動に変化を与え、変化させた行動が記録されたことは疑いないと考えられる。そこで得られた結果に基づいて環境利用の状態(行動圏の内部構造とその範囲)を判断し、建設省としての保全範囲を決定していることは、保全範囲の有効度への信頼性を欠くことから問題が大きい。

このような手法上の基本的問題を取り除き、実質10ヶ月程度でない十分な調査をやり直した上で、再度「クマタカペアの繁殖活動を継続させることに対して意味のある保全範囲」を判定し直す必要があるといえる。

また、現状でこの問題点を明確にするには、事務所と調査グループ双方が行動圏の内部構造を判定した際の資料をすべて出し合い、専門性を持つ第三者グループにデータの統合と総合的な考察を加えることを依頼し、その結果によって改めて必要な保全範囲を判断する、ないしは、その考察が可能な追加調査に関する指示を仰ぐことである。事務所は、これらを実現すべきである。                   

以上

担当・横山 隆一(常務理事)

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