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特集「猛禽類保護Q&A ワシやタカがくらす自然をどう守るか?」Part.1 猛禽類が自然保護活動で注目されるわけ

1999.12.07
解説

猛禽類とは、タカ目とフクロウ目に属する鳥の総称である。
さまざまな動植物が暮らす自然界において、これらの生き物のすみかを守ることには、いったいどのような意味があるのだろうか?

会報『自然保護』No.408(1996年7/8月号)より転載


「猛禽類でわかる生態系の健全度」

日本イヌワシ研究会・事務局長 山崎 亨

猛禽類は自然界の”ハンター”

猛禽類は、他の生き物を追跡し、襲って餌にするハンターである。

獲物をしっかり捕らえるため、鋭く曲がったカギ爪のついた力強い脚をもっている。くちばしは、獲物を引き裂くためにカギ状で、先は鋭くとがっている。生きた獲物を追い、攻撃するためには優れた視力と飛翔能力が必要だ。猛禽類の視力は、人間の8倍ともいわれるほど並外れている。猛禽類の飛翔能力はきわめて発達しており、効卒的に獲物を捕らえるのに適している。飛翔能力を高めるため、身体の内部も飛翔に適した構造になっている。体重を極力少なくしつつ強固な体をつくるため、骨の中は空洞になっていて、梁によって補強されている。激しい翼の動きに対応するため、胸筋は大変発達している。

人間との関わりの歴史

猛禽類の精悍で洗練された力強い勇姿は、古来から人々を魅了してきた。

古代エジプトでは、ハヤブサが太陽の神とされていたし、世界各地に猛禽類が神の使いとして描かれた絵や伝説がある。アメリカインディアンは、ワシを天空にすむ超能力をもつ「サンダーバード」(いわゆるライチョウとは違う)と信じてきた。インディアンの酋長のイヌワシの羽飾りは、その超能力にあやかろうとしたものである。日本でも力の象徴として、ふすま絵や屏風などに数多くの鷲や鷹の絵が描かれている。武将は、精悍でダイナミックな飛翔をするオオタカを「鷹狩り」に好んで用いていた。

しかし、猛禽類が人間に迫害された歴史もある。

ヨーロッパやアメリカの牧場では、大型の猛禽類は羊などの家畜を襲う”敵”として、無差別に殺戮された。実際には、イヌワシはノウサギやライチョウなどの中小動物を主食にしており、生きた羊を襲うことは滅多にない。たまに死んだり弱ったりした羊の子などを捕食しているのを見て、いつも羊を捕って食べているように思いこんでしまったために起きた悲劇の歴史である。

猛禽類の本当の生活が明らかになるにつれて猛禽類が銃殺されることは少なくなったが、もうひとつ深刻な問題が発生した。残留農薬の影響である。殺虫剤として用いられたディルドリンやDDTなどの有機塩素化合物が餌を介して猛禽類の体内に蓄積し、卵の殻が薄くなったりヒナがふ化しなくなったりして、急激に猛禽類の数が減少したのである。

日本で繁殖する猛禽類は16~18種

現存する世界の猛禽類は、昼行性のものが292種、夜行性のフクロウ類が162種である。

大きさは、昆虫を捕食する七面鳥大のフィリピンワシ、大きな哺乳類の死体を捕食する翼開長が3mを越すコンドルまでかなりの幅がある。猛禽類は、世界のさまざまな生き物を獲物にしているため、大きさも変化に富んでいるのだ。

「狩り」の方法も、獲物の種類と生息環境によって異なる。ハヤブサのように猛スピードで鳥を追跡して捕らえるパターンもあれば、クマタカのように森の中でじっと獲物が現れるのを待つパターンもある。ハゲワシのように動物の死体を求めて長距離飛行をして回るものもある。それぞれの「狩り」の方法に適した形態や行動が発達しており、猛禽類の種類は自然環境が多様であればあるだけバラエティに富んでいるといえる。

日本では、30種の猛禽類が記録されているが、そのうち16~18種の猛禽類が海岸・湖沼・田畑・里山・山岳地帯などさまざまな自然環境を巧みに活用して繁殖している。

イヌワシ・クマタカ・オオタカ・ハヤブサが自然保護問題でよく取り上げられているが、それぞれ異なった生態系の頂点に位置している。オオタカは、低山帯から山麓部でハト大の鳥類を捕食しているし、ハヤブサは、主に海岸部で渡り鳥などを餌にして繁殖している。イヌワシとクマタカは、ともに動物の豊富な山岳地帯に生息するが、狩りをする場所と営巣場所が異なっている。

日本の猛禽類の種類の多さは、日本の自然が多様であることの証である。

猛禽類がおかれている現状

現在、世界の昼行性の猛禽類のうち、約15%が絶滅の危機にあるといわれている。日本においても、絶滅の恐れのある生物種のリスト、いわゆるレッドデータ・ブックには多くの猛禽類が載っている。

近年の人間活動による自然環境の急激な改変、残留性の高い有害物質による環境汚染により、多くの猛禽類が絶滅の危機に直面している。

食物連鎖の頂点に立つがゆえの強さと弱さ

猛禽類は他の生物を捕食し、食物連鎖の頂点に立つ鳥として知られている。

食物連鎖とは、自然界のあらゆる動植物が「食べる・食べられる」という関係でつながっていることをいう。太陽のエネルギーを利用して緑の植物やプランクトンが育ち、それを微生物や昆虫が食べる。微生物や昆虫は水の中では魚に食べられるし、陸上ではカエルやモグラ、小鳥などの小動物に食べられる。小型の魚はより大きな魚に食べられ、小動物はヘビやキツネなどのより大きな肉食動物に捕食される。

しかし、教科書などにあるように、猛禽類はすべての生物の食物連鎖の最終頂点に立っているわけではない。たしかにイヌワシ、ハーピイイーグル(オウギワシ)、フィリピンワシのような大型の猛禽類は大きな哺乳類や鳥類を捕食しているが、魚や昆虫、小型の爬虫類などを捕食している猛禽類もいる。猛禽類は、地球上のさまざまな自然環境に生活する生き物を餌としているのであり、ひとつの食物ピラミッドだけでなく、環境ごとの大小さまざまな食物連鎖の上に猛禽類がいるのである。

食物連鎖の頂点に立つということは、餌となる生物の量が猛禽類にとって死活問題となることを意味する。長い歴史のなかで、餌となる生物の数とそれを捕食する猛禽類の数のバランスができ上がってきた。猛禽類の数が増えすぎれば餌が欠乏し、その猛禽類の地域個体群すべてが滅亡する危機にも陥る。猛禽類の繁殖率が悪く、産卵数も少ないのは餌となる生物との共存を継続するための自然界の摂理なのだ。

このような繁殖習性をもつ猛禽類にとって、自然界の変化のリズムを超えた短期間の環境の大きな変化は致命的である。餌となる生物の数が急激に減少してしまえば、ヒナを無事に巣立たせられないどころか、産卵すらできなくなる。多くの猛禽類のメスは、繁殖期の前に餌が豊富で、体脂肪を十分に蓄積できた場合にしか産卵できないことが知られている。また、生息環境の大きな変化は営巣場所の減少にもつながり、繁殖できないペア(つがい)が増える原因にもなっている。

猛禽類は食物連鎖の頂点に位置し、寿命が長いことから、有害物質が体内に蓄積しやすい。環境中の有害物質の濃度が低くても、捕食関係が繰り返されるごとに「生物濃縮」がすすみ、その最上位に立つ猛禽類には高度に有害物質が蓄積されることになる。

つまり、猛禽類の生息には、(1) 自然環境が安定的で持続可能な生産性を持っていること、(2) 残留性の有害物質に汚染されていないことの2つの条件が不可欠なのである。このため猛禽類は、彼らが生息する環境がバランスのとれた安定性を保ち、健全な生態系であることを示す”指標生物”であるといえる。

猛禽類のすみかを守る意味

猛禽類は数が少なく、「貴重種」だから大切なのではない。猛禽類も他の生物と同じく、自然生態系の一員にすぎない。しかし、猛禽類は食物連鎖の最終段階に位置するという特性をもっている点で、生態系全体の健全度を示す存在という重要な役割を担っているのである。

猛禽類は、強力なハンターとして勇壮で無敵な生物でありながら、自然環境の変化の影響を最も受けやすい、生態系では最も弱い生物なのである。猛禽類を保護するということは、その「種」を保存するという意義だけではなく、同時にその猛禽が生息する生態系そのものを保護することにもなる。

生態系の頂点に立つ猛禽類を保護するには、その生態系の中の生物間や生物と環境とのかかわり合いのすべてを正しく理解した上で、そのバランスをいかに保つかということを考えなければならない。猛禽類の保護というと、営巣場所の保護だけが話題になっていることが多いが、とてもそれだけでは猛禽類の保護はかなわない。

猛禽類の環境指標としての意義を認識し、本当に保護を図るにはその生態系を科学的に調査しなければならない。それは大変な労力と時間がかかることであるが、一度失われた猛禽類を復活させることは、それ以上の労力と予算がかかるだけではなく、永遠に不可能ということもある。「自然保護」と言葉でいうのはたやすいが、本当に持続可能な自然環境の保護管理を行うことは大変なことであるし、その結果を判定することも難しい。

このように、猛禽類の存在は「自然保護」や「自然環境の保護管理」がうまく行われているか否かの判定基準にもなるのである。

かつて、猛禽類は畏敬の念をもって見てこられた「超自然的な存在」だったが、これからは猛禽類の自然生態系における役割を正しく理解し、化学的な調査結果にもとづいた「自然保護の指標生物」として認識されなければならない。

そして何よりも、猛禽類の洗練された美しい姿が空を翔るということは、風景を魅力的なダイナミックなものにしてくれることを忘れてはならない。

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