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利根川河口堰モニタリング調査

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1998.06.01

「河口堰は河川生態系を大幅にかえた」

1997年度、NACS-Jは環境庁からの委託を受けて、利根川河口堰のモニタリング調査を行いました。その結果がまとまり、先日発表したわけですが、この調査データにより、河口堰が付近の自然環境に及ぼすさまざまな影響が、明確になりました。

建設・運用後、25年以上たった河口堰が今回の調査対象ですが、この結果は、堰が運用された長良川、そして堰建設が予定されている吉野川や川辺川の保全にも活用できる貴重なものです。河川の自然環境の保全に取り組んでいる方は、ぜひ参考にされてはいかがでしょうか。

編集広報部・広報担当主任 森本言也

会報『自然保護』No.427(1998年6月号)より転載


「利根川河口堰の流域水環境に与える影響調査」まとまる

日本自然保護協会は、1997年度、環境庁水質保全局から委託を受け、「利根川河口堰の流域水環境に与える影響調査」を実施した。その結果が報告書としてまとまったので主な内容を報告したい。

この調査の目的は、1971年に建設された利根川河口堰が、利根川下流部の環境にどのような影響を与えたのかを調査・分析することによって、河口堰建設事業が河川環境に与える影響についての科学的な共通認識をつくることである。西條八束氏(名古屋大学名誉教授)を委員長とする利根川河口堰モニタリング調査検討委員会を設置し、報告書では既存資料や現地調査に基づく科学的知見の整理のほか、河口堰事業の環境アセスメントやモニタリング調査に対する提言も行った。

利根川河口堰竣工の年の夏に早くもヤマトシジミの大量弊死が発生したことは当時新聞でも大きく報じられたが、今回の調査では、利根川河口堰が、長期間にわたりじわじわと利根川下流の生態系をむしばんできたようすがよくわかった。影響は食物連鎖の上位にまで及んでおり、それには、可動堰特有の堰の運用が深くかかわっていた。

建設の前後で変わったこと

河口堰建設やそれに先だつ浚渫による影響は、河口堰が竣工したときにすでに現れている。たとえば、1947年に米軍が撮影した空中写真を見ると、堰上流部に湿性のヨシ原が広く分布していたが、堰建設前の浚渫と河川敷への客土で、1969年には半分以下の面積に減少している。また、河口堰建設前には、塩分の混じる環境を好むシオクグ(カヤツリグサ科)が堰上流部まで広がっていたと思われるが、堰運用のため上流部が淡水となり、現在では堰下流部だけに分布が限定されている。さらに堰建設後に護岸工事が行われ、シオクグ→カサスゲ→ヨシと、岸から河川敷に続く植物群落のつながりが残る場所は、堰下流の一部に限定されてしまった。長良川河口堰では、堰湛水による水位の上昇で、ヨシ原が減少しているが、利根川河口堰では、浚渫や護岸工事による影響が大きい。

堰稼動直後の影響としては、堰構築による汽水域の消失と回遊魚類に対する影響があげられる。

底生生物に関しては、堰稼動直後にヤマトシジミが大量死したが、その後上流に塩分を残す堰運用が行われたため数年間は一時的に増加した。しかし、1980年にシジミ漁業権消滅補償が行われてからは堰運用が変わり、上流では全滅、下流でも激減した。なお、ヤマトシジミが消滅する少し前にマシジミが混じるようになったことが漁民からの聞き取りでわかっている。

魚類に関しては、堰稼動前に堰上下流の汽水域に生息していた66種の魚類のうち、14種(21%)が姿を消し、 19種(27%)が上流または下流に分布が限定され、稼動後も堰の上下流に生息している魚類は、33種(50%)にすぎない。回遊魚のウナギやアユは現在も上下流ともにいるが、かつてと違い激減した。堰稼動後に新たに姿を見せた魚類八種のうち、半数はブラックバス・ブルーギルなどの移入魚であった。この現象は長良川河口堰にも共通に見られている。

鳥類など食物連鎖の上位の生物には、少し遅れて影響が現れている。

堰建設前には、堰上流部にもメダイチドリ、トウネンなど海辺や河口の干潟を好むシギ・チドリが生息していたが、淡水化のため姿を消した。堰稼働後、上流部に潜水採餌ガモ(キンクロハジロなど)が一時的に増えたが、1984年ころに激減した。堰下流部では、やはり 1983年ころ干潟で採餌するツルシギが激減し、やがて姿を消した。これは堰上流部でのヤマトシジミの消滅、堰下流部の干潟の底質の悪化によるゴカイの減少など、餌との関係が原因と推測される。なお長良川河口堰では、堰上流部で潜水採餌ガモが増えていることが報告されており(「長良川河口堰運用後の調査結果をめぐって」)、今後の変化が注目される。

1980年代後半には、水質の悪化が著しくなった。建設省の水質調査結果でも、冬季の渇水時には上流から河口堰に近づくほどBOD(生物学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)、とも増加している。水資源開発公団の水質調査結果を見ても、河口堰上流部では水が滞留するため、多量の植物プランクトンが発生していた。1986年には1リットルあたり約100マイクログラム、1996年には約200マイクログラムというクロロフィルa量が観測されている。これは植物プランクトンの発生が多いことで知られる広島県の芦田川河口堰を超える値で、プランクトンの増加は全国の河口堰に共通する現象といえる。

また、河口堰周辺の泥の厚さを音波探査法によって調査した結果、上流部に最大60センチ、下流部に30センチほどの軟泥が堆積していた。堰に近い泥ほど、粒子が細かく、有機物の含有量が多かった。泥に含まれる藻類の遺骸が、上下流とも淡水性のものであることから、堆積していた泥は上流に発生した植物プランクトンの遺骸で、堰の操作で一気に流れ出されたものが潮汐などによって下流にも堆積したと推測される。このような堆積は、長良川河口堰・吉野川支流今切川河口堰でも観察されており、堰上流の湖沼化と堰下流の堆積現象は、すべての可動堰に共通した影響といえそうだ。

また、堰を運用すると、水中の溶存酸素が減少する。これがシジミの大量死の原因であるとして堰稼動直後から問題になってきた。溶存酸素の減少は、堰閉鎖による水の流れの停滞、底層の泥による酸素消費、塩水が比重の差により底層にとどまるなどさまざまな要素がからみあっておこる。1997年9月の現地調査では、堰を閉めた直後から溶存酸素が減少を始め、日中は飽和状態だった酸素が、明け方には堰下流の底層では1リットル中に3ミリグラムしか残っていなかった。堰完成直後の溶存酸素の減少は底層に塩水がとどまることが原因と思われるが、現在では流量の減少や底層の泥の酸素消費が主な原因のようだ。

予定と大きく違った運用日数

これら水環境に現れた影響を時系列で並べると、堰操作の変化が大きな影響を与えていることがわかる。

堰の竣工(1971年)、シジミ漁業権の消滅(1980年)、東京都が水利権ぎりぎりまで利根川の水を取水するようになった年(1987年)と、堰の操作状況は大きく変わってきた。そしてそれを境にして利根川の水質や生物は一段と悪化している。とくに1980年代後半からは取水がさらに増加し、冬でも渇水となるため、堰は11月から4月ごろまでほとんど閉鎖状態にある。たまたま1997年は豊水年だったが、通常の年は冬にまで赤潮がみられる状態となっている。

なお河口堰建設によって、水質・底質、植物、底生生物、魚類、鳥類などにさまざまな影響が現れているが、食物連鎖の上位に行くほど時間をかけてじわじわと影響が出ている。その影響の現れ方は、堰の運用と深くかかわっている。利根川河口堰について水資源開発公団は、堰建設時には堰操作日数は1年の半分と説明していたが、1996年には1年のうち350日が操作日と、当初の予定とは大きくかけ離れている。当然ながら、堰が閉まっている日が多くなれば水質や生物に与える影響も大きくなる。

河口堰事業への提言   

現在、建設省内で環境影響評価法を実施に移すための技術指針が検討されていることをふまえながら、報告書では、調査結果に基づき、河口堰事業の環境アセスメントとモニタリング調査について提言した。

●最も厳しい堰操作を行った場合の環境への影響予測もすること
利根川河口堰のような可動堰では、水需要の変化など社会的要因によって、堰の運用方法に変更が加えられることがありうる。しかし堰操作の前提条件が崩れれば、影響予測は成り立たない。

●長期的なモニタリング調査を続け、悪影響が出た場合には、堰操作を見直すこと
現在、建設省は長良川河口堰のモニタリング調査を5年計画で行っているが、利根川堰では建設後26年後の現在も影響が現れている。

日本自然保護協会では、利根川河口堰の調査結果を、堰稼働後3年たった長良川河口堰や、可動堰建設が計画されている吉野川第十堰の問題を考える上での科学的な共通認識として生かして行きたい。

(吉田正人・保護部長)

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