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資料集その8 保護地域(国・地方自治体)のガイドライン

1994.08.01
解説

<提言>

1.保護地域の収容力を科学的に設定し、自ら遵守するとともに、関係者にそれを守らせる
収容力(Carrying capacity)とは、その保護地域が受け入れることのできる施設や利用者などの上限と定義される。収容力を超えた施設や利用者の入れ込みは、保護地域の生態系や景観に不可逆的(一度壊れたら元に戻らない)な変化をもたらす。また過剰な入れ込みは快適な利用の障害にもなる。保護地域に対するこうしたマイナスの影響を防止するためには科学的な調査に基づく収容力の設定とその遵守が必要である。管理当局は保護地域の自然環境調査デ-タに基づいて、収容力を定め、自ら施設の整備などにあたってこれを守るとともに、管理当局以外のものが行う全ての行為を審査して、これを厳正に守らせることが望まれる(注 1)。

2.保護地域の最大入れ込み数を設定し、過剰な利用にならないようコントロ-ルする
「最大入れ込み数」とはある地域に一度に入ることが許される利用者数をいう。徒歩以外の方法で入ることが許されている場合(例えば自動車)には、その交通手段の台数などでも示される。最大入れ込み数を超えた利用があると、踏み荒らしなどによって生態系への影響が出るとともに、利用の快適性も損なわれる。こうした状態を過剰利用(over use)という。過剰利用を防止するために、管理当局は保護地域に入れ込みのできる定員を設けて、これが守られるような措置を講じるべきである(注 2)。

3.自然への接触が少なくてインパクトが大きい利用を排除し、自然への接触が大きくてインパクトが小さい利用を促進する
利用のコントロ-ルが十分ではない多くの保護地域では、いろいろな種類のレクリエ-ション利用が混在している。しかし、保護地域での利用は、本来全てエコツ-リズム的なものであるべきであり、アウトドア・レクリエ-ションそのものが自然への接触度とインパクトの大きさを評価した上で、きちんとコントロ-ルされる必要がある。保護地域の中で行われる必然性が低いレクリエ-ションや自然へのインパクトが大きい利用は排除されるべきであるし、保護地域の自然の理解に役立つような利用はインパクトが小さい状態に保ちながら促進されるべきである。

4.エコツーリズムから、保護地域の管理に必要な資金を還元させるしくみをつくる
エコツーリズムによってもたらされる利益は、保護地域の管理のために還元されて有効に使われなければならない。利益還元の行き先は、保護地域の管理主体と地元住民の二者である(現状では、旅行会社、交通機関、宿泊施設などに利益が配分され、自然と文化を守ってきた管理主体と地域住民にはゴミ処理等の負の利益ばかりが配分されている)。

保護地域の管理主体は多くの場合政府機関であるが、NGOが保護管理に大きく関与していることもある。利益の還元先は必ずしも政府機関である必要はなく、実質的に保護地域を保護・管理している主体に資金として提供されることが大切である。管理当局がエコツーリズムから管理資金を得る方法として諸外国では (1)保護地域への入園料の徴収、(2)施設使用料の徴収、(3)特許料の徴収、(4)土地使用料の徴収などさまざまな方法をとっているが、利益還元の経験の浅いわが国でこれを導入する際には、利用者の理解を深めつつ進める必要がある。

5.環境教育施設の整備と活用を適切に行う
保護地域内には環境教育のさまざまな施設が設けられるべきである。ただし、施設そのものが環境破壊を引き起こさないような配慮を十分に払うことが必要である。環境教育施設とは、保護地域を訪れるビジターと自然とをうまく接触させるための装置である。施設にはビジターセンター(ネイチャーセンター)、ネイチャートレイルなどがある。エコツアーによる来訪者はこうした施設を利用することによって、自然への影響を最小限に抑えながら自然を理解することができる。

日本の国立公園などでは、ビジターセンターが設けられていても、自然解説を担当するレンジャーが常駐していなかったり、ビジターのためのプログラムが用意されていない所がある。環境教育施設はソフトを伴ってはじめて機能するものであり、その管理・運営にはハードウェアの建設以上に力点がおかれるべきである。

6.保護地域の自然や環境教育に関する情報提供を積極的に行う
保護地域の管理当局は、現地に常駐するレンジャーなどによってその地域の自然についての最新情報を収集できる立場にある。集められた情報は保護地域の管理に役立てられるとともに、利用者に対しても提供されるべきである。とくにエコツアー企画者やツアーコンダクターはこうした情報によって、より的確な企画を立てたり、最新の情報に基づく自然解説を行うことが可能になる。また、地域内の危険箇所や危険な野生生物、気象など利用者の安全に役立つ情報も合わせて提供されるべきである。

こうした情報は、利用者に分かり易いやすい形で提供されなければならない。掲示板などによる掲示、コンパクトな冊子や自然情報地図などの刊行物、あるいはパソコン通信などの手段を通して提供されることが望ましい。

7.調査研究に基づく、保護地域の生態系管理や環境教育プログラムの提供を行う
保護地域では、通常その設立や管理計画策定の基礎資料として自然環境調査が行われるが、設立後も継続して生態系のモニタリング調査が行っている例は少ない。調査の項目は、気象、地形、土壌、水象などの非生物的な自然要素から植物、動物などの生物的自然要素まで多岐にわたり、とくに生物については植物相、植物群落、哺乳類、鳥類、両生類、は虫類、魚類、昆虫類など総合的に行われることが望ましい。また従来、こうした調査の結果は報告書にまとめられてきたが、生態系の管理や環境教育への活用は十分とはいえなかった。調査内容が専門的であることや、調査項目の相互の関連がうすく、その地域の生態 系をどう捉えるかという視点にやや欠けていたことが主な原因と思われる。今後、管理当局は科学的調査を大いに活用して、生態系の保護管理を行ったり、環境教育のプログラムの作成、あるいは提供していくことが求められる。

8.エコツアーの企画者やガイドの研修・学習の機会を提供する
エコツアーの企画者やガイドに初めからエコツーリズムのエキスパートであることを期待するのは難しい。研修や学習の機会が豊富にあって、はじめてよい企画者やツアーガイドが育ってゆくのである。学習の機会はエコツアーを行う民間サイドが社員研修などの形で設けるべきことはもちろんであるが、管理当局もその持てるノウハウを充分に生かして多様な研修の機会を提供することが求められる。研修の機会の提供は、良質なエコツーリズムの実施にとって不可欠であり、望ましいエコツアーが実現することによって、管理当局にもプラスの成果となるであろう。

研修のプログラムにはどの保護地域にも共通する総論的な内容と、その保護地域の自然や文化について学習するような各論とがある。総論の方は、エコツアーに関わる全ての民間会社等の人々が受講すべきものである。また、各論の方は、その保護地域でサービスの提供を行う人々が受講すべきものである。こうした研修のプログラムは自然解説を行うレンジャー(インタープリターともいう)の研修内容とも共通点が多く、管理当局にとっては早急に実現すべき課題であるといえる。

9.保護地域内で行われる民間の環境教育活動を援助する
保護地域内では、民間の自然保護団体やボランティアによる環境教育活動が行われることも非常に多い。保護地域の生態系に悪影響を与えない限り、多様な環境教育活動の実施は、利用者にとっても保護地域にとっても望ましいことである。とくにパッケージツアーではないフリーの利用者にとっては、NGOなどによる活動が環境教育を受けるよい機会となる。管理当局は、ビジターセンターなどの施設使用の便宜提供や、プログラム作成のための資料提供などハード、ソフトの両面からこうしたNGOなどによる環境教育活動を支援することが望まれる。

10.エコツーリズムを保護地域の利用計画の中心に位置づける
従来、保護地域ではその自然の中でなくてはできないような特別な利用のしかたではなく、物見遊山的な観光旅行や保護地域内で行われる必然性のないゴルフやゲレンデ・スキーなどレジャー・スポーツ的な利用が盛んに行われてきた。とくに日本の自然公園ではこの傾向が顕著である。これは保護地域の制度面での弱さや管理当局の方針にも原因があったが、レジャー的な利用に疑問を抱かない利用者にも責任の半分はあるだろう。近年では、従来のこうした利用のあり方に対する反省もなされ、レジャー施設の抑制も行われているが、リゾート法に基づく画一的な開発など相変わらず問題があることも否めない(注3)。

今後は、エコツアーのように、その場所に特有の自然や文化を楽しむ形での利用が盛んになり、そうでない形の利用は抑制されることが求められる。そのためにはまず管理当局自らが、エコツーリズム型の利用を利用計画の中心に位置づけ、施設の整備やソフトの充実をそれに合わせて行うべきである。さまざまな利用の混在を許容することは、結局レジャー性の強い利用によってエコツーリズムが阻害されることにもなる。「特別な場所では特別な楽しみ方」という意識の徹底を図るとともに、その楽しみ方の開発には努力を惜しまない姿勢が必要である。

11.エコツーリズムによる地域振興を推進する
地元住民は、エコツーリズムが地域に利益をもたらすことを実感することによって、自然保護が自分達に直接的にプラスであることを知ることができる。エコツーリズムの受け入れによって生じる交通サービス、宿泊サービスなどのサービス業は外部資本ではなく、地元の産業となるべきである。管理当局が地元資本によるサービス業に特別な許可を与えるのも、地元への利益還元システムの一つの方法である。また、地元住民を保護地域関連の公共部門で優先的に雇用することも地元への利益還元につながる。自然保護からエコツーリズムによる地域振興という図式ができあがれば、他の地域の保護地域設立にもよい影響が期待できる。

12.エコツーリズムのモデル事業を実施し、自然への影響、地域への経済効果などをモニタリングし、将来的なエコツーリズム推進にフィードバックする
以上述べてきたことは、その一部が実現している保護地域もあるが、大部分はまだ実現していない。理屈の上ではわかっていても現実に見える形にならないと世の中に広がってゆくのは難しいものである。そこで、モデル事業の実施はエコツーリズムの普及を図る上で大切なステップになると思われる。管理当局、地元自治体、NGO、民間企業などが協力してエコツーリズムのモデル地域を選定し、ここで示されたガイドラインにできるだけ沿って事業を実施してみることが望まれる。事業の過程は詳しく記録、分析した上で、より好ましいエコツーリズムの実現のためにフィードバックされるべきである。こうしたエコツーリズムの実験は日本国内と海外の両方で考えられるが、国内については、保護地域利用の内容を転換するきっかけづくりに、また海外については新しい国際協力のモデルとしての価値を持つことになるだろう。


(注1)
江山(1977)は、保護地域の収容力を大きく「施設収容力」と「入れ込み収容力」に区分して論じた。「施設収容力」は保護地域内にどのくらいの施設を立地させることができるかという限界を示すもので、地形と植生から決めることができるとされた(参考文献:江山正美「スケープテクチュア―明日の造園学―、pp.353ー402 鹿島出版会1977年」

(注2)
ニュージーランドのフィヨルドランド国立公園にあるミルフォードトラックは世界で一番美しい散歩道といわれているが、ここは厳格な定員制が敷かれている。パッケージツアーで延長54㎞あるこのコースに入れるのは、リーダーに引率された40人のパーテイー5つだけである。コース上は常に200人の利用者しかいないように設定されている。このエコツアーは世界中から申込みが殺到するので予約が難しいが、いったん参加できればガイド兼インタープリターの自然解説を聞きながら、過剰な利用者に煩わされることなく、氷河と多雨が作りだした大自然を満喫できるシステムとなっている。

(注3)
例えば同じスキーでも、ゲレンデ・スキーとクロスカントリー・スキーでは利用の性質が全く異なる。クロスカントリー・スキーはゲレンデ整備による樹林の伐採などはほとんどなく、自然観察の手段として有効である。このようなレクリエーション(エコ・レクリエーションと呼んでもよい)の振興を図ることも管理当局の役割である。

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