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日本国内の自然遺産地域の保護と管理に関する提言

1993.12.06
要望・声明

5日自然第63号
平成5年12月6日

内閣総理大臣 細川 護熙 殿、 文部大臣  赤松 良子 殿
環境庁長官  広中和歌子 殿、 林野庁長  塚本 隆久 殿
文化庁長官  官内田 弘保 殿、 青森県知事  北村 正哉 殿
秋田県知事  佐々木喜久治殿、 鹿児島県知事 土屋 佳照 殿

(財)日本自然保護協会
会長 沼 田 眞

日本国内の自然遺産地域の保護と管理に関する提言

1993年12月6日~11日、コロンビアのカルタヘナにおいて開催中の世界遺産委員会において、白神山地、屋久島の中心部が、わが国初の自然遺産として、世界遺産一覧表に登録される予定と聞いております。これは、それぞれの地域の自然を守るために努力された人々、自然保護団体、地方自治体、政府関係省庁等の努力の成果であり、当協会は、世界遺産条約の批准を推進してきた立場から委員会の判断に注目しております。

さて今後、白神山地、屋久島に続いて、日本国内の自然遺産の数の増加が期待されるところですが、すでに本条約は採択から20年以上を経過し、量よりもむしろ質を維持するためのモニタリングや保護管理にその焦点が移りつつあります。1992年2月にベネズエラのカラカスで開催された第4回世界国立公園保護地域会議においてユネスコと国際自然保護連合(IUCN)が主催した世界遺産条約20周年のワークショップでも、ユネスコの人間と生物圏(MAB)計画の生物圏保護区の考え方に基づいた管理計画の策定の必要性が決議されています。

すでに白神山地、屋久島の両地域においては、登録地域及びその周辺の観光利用、野生動物保護等に関してさまざまな問題が発生しており、世界遺産地域の保護と管理に関する統一した管理機関の欠如と相まって、将来、周辺地域のみならず世界遺産登録地域への影響も懸念される事態であると当協会は認識しております。

世界遺産条約は、危機に瀕した自然環境と文化に対して、国家を越えて保全の責任を分かち持つということが本来の趣旨であり、決して観光の看板を目指すものではありません。 先進国とよばれる国々の中では最後の加盟国となったわが国としては、最初の登録地である白神山地、屋久島を、世界の自然遺産の保護管理のモデルとするよう最大限の努力をすべきであると考えます。

以上のことから、当協会は、新たな自然遺産の登録推薦を要望する以前に、まず世界遺産地域の保護と管理に関する諸問題を解決すべきであると考え、次のように提言します。 貴職におかれましては、提言の趣旨を十分ご検討いただき、自然遺産地域の望ましい保護管理の実現のため、ご尽力を賜りますようここに強く要請いたします。

日本国内の自然遺産地域の保護と管理に関する提言

1.日本政府は、白神山地、屋久島の二つの自然遺産地域について、ユネスコの「人間と生物圏(MAB)計画」の「生物圏保護区」の考え方に基づいた、「管理計画(マネージメントプラン)」を早急に策定すべきである。

管理計画には、自然遺産地域の恒久的な保護と周辺地域の自然の賢明かつ合理的な利用をはかるため、ユネスコの「人間と生物墜(MAB)計画」の「生物圏保護区」の考え方を導入すべきである。具体的には、「世界遺産地域」のさらに外側に「世界 遺産管理地域」を設定し、世界遺産地域においては自然の厳正な保護、また管理地域においては賢明かつ合理的な利用を前提とした管理計画を策定すべきである。
この管理計画の策定過程においては、その科学性と実効性を高めるため、関連する国の機関、地方自治体はもとより、自然遣産の保全に見識を有する研究者およびNGOの幅広い参加を求め、オープンに議論すべきである。

また管理計画の実行にあたっては、世界遺産地域の管理責任者(林野庁及び環境庁)、地方自治体、一次産業に関係する諸団体、自然保護関係者を委員とする「保全委員会」を設置し、年次計画を定めて保全計画を実行するとともに、定期的に自然遺産の状態及び人為の影響に関するモニタリングを実施し、その結果を公表し、年次計 画の修正に資すことが必要である。

さらに自然遺産地域の管理計画の中には、一般国民及び来訪者に自然遺産の価値とその保護の必要性を伝え、地域の人々が自然遺産の存在を誇りをもって語れるようになるための教育普及活動の充実と、同時に自然遺産を誤った観光開発から守るための観光の管理が含まれなければならない。

このような管理計画を実行するためには、十分な予算と人材の確保が不可欠である。 また、自然遺産地域を周辺の開発から守るための世界遺産管理地域を設定するためには、新たな法律の裏付けが必要となる。以上のことから、NACS-Jは、自然遺産地域を保全するための特別措置法の制定を提言する

2.白神山地に関する提言

世界遺産委員会の勧告に基づき森林生態系保護地域全域を世界遺産地域としたとは高く評価できる。しかし、これによって津軽国定公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公圏等、緩衝地帯にある自然公園の利用計画との調整が必要となり、国の管理計画策定の必要性はますます高まっている。

この世界遺産地域より広範な地域を「世界遺産管理地域」とし、管理計画を策定すべきである。これは、IUCNからも懸念が表明されたツキノワグマ、NACS-Jが調査中のクマゲラ、イヌワシ等を含む野生動物の保護や、山菜取りなど地元の人々による持続的な利用、さらに今後増加が予想される登山・釣り・狩猟等の周辺地域でのレクリエーション的自然利用への対策を含む総合的なものでなくてはならない。

また現在、世界遺産地域への立ち入り制限が議論の的になっているが、この解決には、立ち入りに一定の制限を設け、その影響をモニタリングしてその後の制限方法に反映させるしくみを確立することが先決である。特に釣りに関しては、内水面漁業協同組合の協力により、世界遺産地域では期間を定めて禁漁とし、まず個体群の安定をはかる必要がある。

さらに白神山地の世界遺産としての価値を正しく伝えてゆくためには、一般国民及び地域住民を対象とした教育普及資料の作成、ビジターセンター等の環境教育施設の整備、地元の人々によるガイドの養成等が必要である。このような教育普及事業を促進するため、県レベルの基金の設立を提言する。

3.屋久島に関する提言

屋久島の特異性は、海岸部の亜熱帯植生から、山頂部の高山植物まで、一つの島において気侯に応じて多様な植生帯を有している点にある。しかしながら、世界遺産として登録されるのは島の中心部にすぎず、この範囲では屋久島の世界的にみてもユニークな特徴をすべてカバーすることにはならない。世界遺産地域を核心地域、それ以外の国立公園および森林生態系保護地域を緩衝地帯、さらに海岸線までを人為地帯とし、ここを「世界遺産管理地域」として設定した上で、全体の管理計画を策定すべきである。

また、大型フェリー就航に伴う観光客の増加を見越した観光開発による自然への影響が懸念されているが今後、島の収容力に合った範囲で観光が行われるよう、登山者数、観光バスの台数等の増加による影響をモニタリングし、その後の管理計画につなげるしくみを作るべきである。とくに、西部林道のうち世界遺産地域を横断する部分については、生活道路としては既に十分であり、観光の利便性のみの理由で拡幅が 行われるべきではないと考える。

屋久島の生物多様性の重要な構成要素である、ヤクザル、ウミガメ、サンゴ群集、 ガジュマル、ヘゴなどの多くが、世界遺産地域外にその生息生育地をもっている。これらの野生生物を保護するためには生息生育地の保護と同時に、農業被害防除等、人間と野生動物の共存策に対する国からの資金的援助も必要となってくる。

最後に、登山活動については、登山道周辺の裸地化等の悪影響を最小限に押さえるため、登山者への啓蒙普及、団体旅行(マスツーリズム)から、山岳ガイドを伴った生態旅行(エコツーリズム)への転換などが必要である。これらの教育普及事業に対して、県の屋久島環境文化財団の基金等が積極的に活用されることが期待される。

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