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「小笠原諸島の開発」

1974.02.01
解説

会報『自然保護』No.141(1974年2月号/特集:「地域開発と自然保護」)より転載


すでに幾多の報告によって皆さんもご存知でしょうが、小笠原の自然は動植物全般にわたって固有種や固有亜種が非常に多い、という点で他に類を見ないもので、東洋のガラパゴスなどという評価もあながちオーバーともいえません。

現在メグロ、オガサワのラオオコウモリ、オガサワラタマムシ、オガサワラトンボなど、16種にのぼる鳥や昆虫などが天然記念物に指定され、また12科50種を越す陸産貝類も、移入されたアフリカマイマイ以外のすべてが天然記念物(ただし、戦後の確認を欠くものもある)。植物も400種を越す自生種の4割強が固有種ということで、特に父島中南部と兄島にみられる乾燥低木林は世界的にも類を見ない貴重な森林植生です。このように貴重な、しかもまだ現代の汚染をほとんど受けていない自然に満ちた小笠原諸島が日本復帰後5年でどう変わり、またこれからどのように開発され、変貌していくかは、自然保護のあり方や、その将来を占う上でも注目に値すると思います。

ひとつの戦後処理でもあり、離島開発のモデルでもあり、南の島のパラダイス造りでもあってほしい小笠原の開発の評価は、その自然をいかに保護できたかで決まるといっても過言ではないでしょう。そして現在小笠原開発の問題点は、多かれ少なかれ、この自然の保護と関連しているのです。

復興計画の概要と現状

年平均気温23度、年間降水量1600mm、霜雪を知らぬ亜熱帯海洋性気候に包まれた小笠原諸島は、大小30程の島からなり、昭和43年6月、米軍施政下から東京都小笠原村に生まれ変わったのです。返還時には180人程の欧米系の島民が父島の集落に住んでいただけで、食料品や生活物資はすべて米軍を通じてグワム島等から運んでおり、漁業を営んでいた少数の島民が釣る魚と、各家庭の庭で作られる自家用野菜だけが島の生産物だったのです。こののどかな小さな、一面貧しく何もないむらに、東京都と国が策定(昭和45年7月)した『小笠原諸島復興計画』は次のような骨子でできあがっています。

(1)  旧島民(戦前小笠原に住んでいた、欧米系以外の島民)の早期帰島を図るため、生活基盤及び産業基盤を整備し、自然条件に即した産業の振興を図る。
(2) 復興は観光及び観光に関連した産業に重点をおき、国民の憩いの場として活用する。
(3) 当面は父島と母島を対象として開発する。
(4) 1島1集落を基本とする。すぐれた景観、学術上貴重な動植物、国土保全の面で必要な地域、海域を自然保護地域として保護する。
(5) 将来人口を約3000人と想定する。

具体的には空港、港湾、道路の整備設置、農地造成、公園施設、教育医療施設、住宅、ダム、浄水場、上下水道、河川整備、漁業関係施設、等々と、何もない所に現代人が生活するために必要なものの大部分を生み出すという、大規模で、多方面にわたる事業が計画されています。

こうして今までに父島二見港3000トンバース、母島沖港500トンバース、父島湾岸道路、農地40ha、農業試験地、都営住宅220戸、診療所、清掃工場、下水処理場、浄水場、小中高等学校、村民会館など、数多くの施設が完成しています。そしてこれらの開発に伴って、いろいろな問題が生じ、顕著になってきました。

現在の問題点  

公共用地の取得が思うように進まない(大資本の買占めや、土地所有者の売りおしみ、地価高騰が原因)などの障害のため、復興計画全体が遅れていることのほかに、計画自体の欠点が目立ってきた事が現在の最大の問題なのです。

まず第一に、事前の帰島希望調査等から想定した将来人口3000人という数が、現在の帰島状況からみて到達しそうもないことです。次に各産業が予想以上にきびしい情勢におかれていることです。ことに農業は技術進歩によって自然条件の有利さが以前ほど目立たないうえに、農業帰島者が少ないために出荷量が伸びず、市場から遠いというハンデが強まっています。漁業も予想外に資源が少ないため、漁獲量の大幅な増加は望めません。観光は離島開発の最後の切り札的なものとも思われますが、大量の観光客のもたらすものは、ゴミの山と、生活の混乱と、踏み荒らされた自然と、飲料水不足だけではないかという不安が島民の中にも少なからずあり、しかも大手資本が民有地の大部分を押さえてしまっているので将来観光開発が軌道に乗ったとしても島にはどれほどの潤いがあるかは疑問なのです。

問題の基にあるもの

返還以来一貫して村に与えられている課題は経済的自立ということです。復興計画の基本的な考え方もこれであり、貴重な自然を食いつぶしていくのもこれなのではないでしょうか。一つの地域社会があらゆる意味で自治体となるためには経済的自立は無論望ましいというより必須なもので、これは現在の都道府県制の目指すところのものであり、宿命であると思います。ですから復興計画が産業基盤の整備を重視するのは当然すぎるほどなのです。

しかし、いつでも、どこでも、この経済的自立が第一命題であって良いのでしょうか。地理的な理由からひとつの行政区域、あるいは単位自治体である事が望ましいからといって、経済的にも自立する方向へ進んでいくのは疑問です。もともと無理な場合もあり、また犠牲があまりにも大きい場合もあります。特に小笠原のように、一木一草が、一匹の昆虫までが貴重な区域では、こうした通常の理念だけで島の開発が行われることは、取り返しのつかない自然破壊となりかねないように思われます。

地域社会の住民に対し、より良い文化的生活を求め得るようにするのは市町村の責務です。しかし貴重な自然を守ることはより上の自治体や国の責務であるべきです。そのためには地域ごとの経済的自立という考え方を変えることが必要であり、そのための施策、そのための公費の使用には、遠くは離れて生活する私達も惜しみなく賛同の意を表するべきでしょう。今や日本中の自然が私達皆の財産であり、私達が守っていかなければならないものです。そこに住む人達の負担で自然保護が行われては、生活か保護かなどという端的な発想の温床を生むばかりです。

東京都と国との姿勢と考え方が小笠原を現在まで開いてきたのであり、これからの姿を決めていくのです。国立公園でもあり天然記念物をはじめ貴重な生物と景観を有する島々でもあります。責任は重大です。私達もむずかしい離島開発のあるべき姿を十分に検討し、考えてみようではありませんか。

(三谷 清/小笠原を考える会)

■資料紹介

「ERTS-A(地球資源技術衛星)の資料にもとづく
近畿地方とくに京阪神地域を中心とした自然破壊状況のひろがり」

これは兵庫県自然保護協会と当協会関西支部とが協力して1973年12月15日出版したもの。

方法
アメリカが打ち上げたアーツA(Earth Resource Technical Satellite)という人工衛星が約900kmの高さから送り続けてきた、地表と大気圏下部の膨大な映像のうち、近畿地方が映っているものを入手し、合成し解析。入手した写真は1972年10月24日、好条件の時に撮影されている。4つの波長域で撮影されており、波長の吸収・反射の強弱の度合いで次のものが識別できる。

・海、河川、池などの水域 ・森林などの深い緑地 ・田畠、芝地などの浅い緑地 ・裸地 ・市街地 ・工場地域、市の中心街、団地などのコンクリート建造物の多い部分

結果
京阪神地域の自然条件が比較的忠実に反映されており、これは兵庫県自然保護協会が1971年に行った生物指標による自然破壊度調査の結果と細部に至るまで驚くほどよく一致した。京都市内には思いのほか自然状態が残存。大阪の公園は一見、木が多いが裸地と相殺され十分な緑地効果を示していない。私鉄・国電沿線の宅造地、埋立地、土砂採取場などに無自然状態が出現し、中国縦貫道路工事も幅広く映っている。

16枚の写真入で近畿地方の自然破壊状況を一目で見せてくれる意欲的な作業の報告書である。

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