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「国際自然保護連合も注目する西表の自然」

1969.01.01
解説

会報『自然保護』No.80(1969年1月号)より転載


原始の島 西表島(沖縄八重山諸島)(1)
亜熱帯の自然景観とその自然保護問題

糸賀 黎 (厚生省国立公園部計画課)

国際自然保護連合も注目する西表の自然

琉球列島の最南端、それも台湾の中部とほぼ同じ緯度(北緯24度15分)の位置に八重山諸島の島々が点在している。中でも最も大きな島が西表島である。この島はマングローブの原生林やヤマネコの生息地として知られ、その景観の学術的な価値については国際的にも高く評価されているところである。1966年6月スイスのルツエルンで開かれた第9回国際自然保護連合の総会は、西表島の原始的な自然景観の価値に注目しこれを太平洋の亜熱帯地域における特徴ある自然植生として認め、その自然を破壊する計画を憂慮して、大規模な自然保護区を設定するよう勧告している。

去年の10月琉球政府自然公園行政技術援助のため沖縄に派遣された私は、たまたま4日程西表島の東部を中心に、中央山地の一部や仲間川のマングローブ林を見る機会にめぐまれたので、ここに島の景観の印象と自然保護の問題についても述べてみたい。

亜熱帯の島-西表

西表島は台湾中部、硫黄列島、ハワイ諸島とほぼ同じ緯度にあり、沖縄本島よりもむしろ台湾に近い位置にある。島の大きさは沖縄本島に次ぐ大きな島で面積27,087陌、東西30粁、南北20粁程の菱形をなしている。

島の歴史は、強制移民とマラリヤにまつわる暗いかげをやどすものが多い。今から300年程前、琉球王朝の貧しい財政を立直らせるため納税政策の一環として、島に強制移民の一団が送られてきた。彼等を待ちうけていたものマラリヤと貧困の暗黒の生活である。当事の移民にまつわる哀話や悲歌が今でも島に語りつがれている。幾つかの部落ができたが、しばしばマラリヤの流行のために潰滅状態となっている。現在でも、南風見、崎山、鹿川等の廃村跡が残り、ジャングル化している。このような状態が明治時代から太平洋戦争まで続くのである。戦後米軍の統治下におかれ、現在は琉球政府の行政が及んで生活は改善されている。なお、1960年米国民政府の要請により西表の産業開発のためアメリカからスタンフォード研究所の調査団が派遣され、「西表島の資源及び経済の潜在力に関する調査報告書」が提出されている。

島の人口は現在約3,100人、1平方粁当りの人口密度は14人で、沖縄本島の610人にくらべて著しく低い。
島の大部分が山岳丘陵地帯で比較的河川が多く、平地は東、北、西各側の海岸部にあり、東海岸と西海岸の平野部に集落が散在している程度で、それぞれ”東部””西部”と呼ばれている。両地区を結ぶ車道はなく、僅かに中央山岳地を縦断する歩道が1本ある程度で、特に交通の往来は少ない。

土地所有については、島の90%(24,327陌)が国有林になっており、琉球政府八重山営林署がこの島の東部大原に置かれ管理に当っている。その他、町有地及び民有地がそれぞれ5%(1,380陌)程ある。

島の土地利用はその96%が山林でその他水田が1.5%畑が1.2%程度となっている。産業についてみると、1960年の総生産高は55万5千ドルで、農業63%、パイン缶詰15%、 石炭業8%、水産2%、林産2%、サービス業1%で、農産物の大部分はサトウキビとパインである。

前述のとおり、かつてマラリヤの流行があったが、現在は衛生状態の改善によってほとんどなくなっている。

亜熱帯の海洋性気候をしめし、年平均気温23度、1月平均18度、7月平均28度となっている。台風は6~9月にかけて多く、7月に最も多く発生する。島の季節は降雨量によって3つに区分されている。4、5月が雨期で降雨量が多い。6月から11月が夏期で台風の時を除いて雨が少なく、晴れている。冬期は12月から3月でシベリヤ大陸から北西にはり出す高気圧のため、季節風が吹き曇の日が多い。この時期は荒天のため石垣島との連絡に当る航行に支障をきたす。

島の地形、地質

島の地質の大部分は第3紀中新世の水成岩、すなわち頁岩と炭層をはさむ砂岩からなり、一部に安山岩質集塊岩、凝灰岩、斑岩が分布している。火成岩類は島の北東1/4の区域に露出している。島の最高峯古見岳(469米)を中心とする山地部一帯は古生層で、硬砂岩、粘板岩、結晶片岩からなり、砂岩地帯より磯が多く急峻地となっている。海岸沿いには隆起サンゴ礁の石灰岩が小規模に分布し、各地に洞窟がみられる。

標高400米程度の山地は特に山脈を形成せず、平らな山頂をなしているが、斜面は急傾斜の深いV時渓谷によってきざみ込まれている。また南部海岸は断層崖になっており、標高200~300米の断崖が海にせまっている。島の周囲を沖合2キロにわたってサンゴ礁が取り巻いている。

浦内川、仲間川、仲良川、越良川、前良川等の主要河川は水量豊富で、河口も広く、奥地深くまで溺谷になっていて、原生林の中を蛇行して流れている。これらの河川の流域は河口から奥地までマングローブと常緑広葉樹のジャングルにおおわれ、満潮時にはサバニと呼ばれ小さなクリ舟で4~8キロ上流までさかのぼって行くことができる。

マングローブ林の特異な景

西表の植生の中でも、最も人々の興味をひくものはマングローブ林である。東部では仲間川、前良川、後良川、西部では浦内川、仲良川、越良川などの下流から河口一帯及び船浦湾の周辺部に群落をなして生育している。

マングローブ林(紅樹林)とは熱帯や亜熱帯の海岸の塩沼地に発達する特殊な樹林で、潮が満ちてくると根元は海の水に浸され、潮が引くと水の上に出る、海にはえる木である。日本では薩摩半島の喜入れのメヒルギ群落を北限とし、屋久島、奄美大島、沖縄本島、石垣島などに分布しているが、ここ西表島で規模とその構成種において最高の群落景観を示している。

マングローブは満潮時には川底になり、干潮時には陸地になる塩沼地の特殊な環境に生育しているため、普通の陸上植物と異なった特殊な景観を示している。すなわち、塩水の中でも枯れないように、体の中には普通の木よりも塩分を多量に含み細胞の浸透圧が極めて高く、これで海水の中でも森林を形成しているのである。また、根が著しく発達し、泥中で放射状にひろがったり、隣の木の根とからまり合ったりしている。魚雷型の胎生種子は、枝から落ちると泥につきささり、または水に流されて泥土に根を下し、新しい林をつくり出す。

西表の主要河川の中でも仲間川のマングローブ林が最も雄大である。河口の大富部落でサバニ舟をやとい、満潮時を見はからって蛇行する本流を上ると、河口より上流5キロ附近までマングローブ原生林がみられる。さらに進むとそれまでの広い河巾はぐっと狭くなり、アダンやツルアダン、シイノキカヅラが混生し、サキシマスオウ、クロツグ、ハスノキハギリ、ヘゴ、オオタニワタリが現われ、右手の山腹にノヤシの群落が眺められる。8キロ程度上流に進むとマングローブは姿を消し、亜熱帯常緑広葉樹が、ジャングルとなってわれわれの頭上にかぶさってくる。

西表のマングローブ林は、日本で最大の規模を持つだけではなく、その構成種の豊富なことと、それらが一定の配列で生育している点、大変興味深いものがある。すなわち、九州本土から種子島、屋久島、奄美大島、沖縄本島までのマングローブ林はメヒルギ、オヒルギ等のヒルギ科1科のものだけで構成されている。これに対して西表のマングローブ林はメヒルギ、オヒルギ、ヤエヤマヒルギ(以上ヒルギ科)、マヤプシキ(マヤプシキ科)、ヒルギモドキ(シクンシ科)、ヒルギダマシ(クマツヅラ科)の6種から構成されている。また、これ他の種類の、生育に一定の配列が見られ、海岸線からの内陸部にむかってマヤプシキ→ヤエヤマヒルギ→メヒルギ→オヒルギの順に生育しているのが観察されるのである。

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