連載コラム『赤谷の森から』
2005年1月掲載分

『鳥も認める小屋の”年輪”』2005.1.8

「いきもの村」を整備する共同作業日の夜、センサーカメラにアオゲラが写った。小屋の「住人」は人間だけではないようだ(日本自然保護協会撮影)

 赤谷プロジェクトの拠点「いきもの村」は、昭和三十年代の木造小屋を中心にした、里の匂いのするフィールドだ。建てられて四十五年、放置されて十八年がたつが、そのレトロさを失わせないよう注意して、整備を進めている。
 できる修繕は自分たちの手で行う。材料は周囲にある、育ちの良くない植林木を選んで伐採する。拠点の整備が、周囲を自然林に戻していくことに直結しているのは、とても合理的。ただ、何本もの木の伐採や運搬は想像以上に重くてきつく、作業日の夜は疲労で体がうまく動かない。
 レトロさを保ちたいと思うのは、懐かしさという理由だけではない。環境教育のためには素朴な場所が何より必要なこと、長続きする活動には管理費用のかからない施設が大事なこと。もう一つ、これだけ長く放置されてきたことで、この建物が周囲の生き物に「認められていること」がわかったからである。
 小屋にはあちこちに隙間や穴がある。そこに、恒温動物の体温を感知しシャッターを切るセンサーカメラをつけてみた。最初に写ったのがこのアオゲラ。屋根裏をねぐらにしていたのだった。この鳥は、夏からこの冬の今日まで、夕方になるとこの屋根裏に必ず帰ってくる。
 鳥にとってこの小屋は大きな古木であり、屋根裏はその中の「うろ」なのである。時間を経たものだけが持つ価値を、もっと見つけていきたいと思う。
(日本自然保護協会 横山隆一)


『雪と氷が創る岩塊の芸術』2005.1.15

一面に広がる岩塊は、数十年のうちに大きく姿を変える。森の中には様々な時間の流れがある(林野庁撮影)

 私は、群馬県新治村に隣接する沼田市出身で、赤谷の森を管轄する森林管理署に勤務したこともある。
 その頃、大峰山から吾妻耶山に向かう登山道の脇に、大きな岩を見つけた。森の中で巨石を見かけることは珍しいことではないが、稜線からひょっこり突き出た姿が興味をそそった。
 斜面をのぞくと広範囲に大きな岩が転がっている。城壁が崩れたようにも見える。「城跡?まさかこんな山奥に!」と不思議に思った。
 気になったので調べてみた。このような岩の集団は、岩塊と呼ばれ、赤谷の森には、いくつもある。表面は苔むしていて安定しているように見える。だが、この岩々は、雪と水の力によって割られ、動かされ、積み重ねられ、徐々に姿を変えているという。
 その証拠に、岩と岩のわずかなすき間からブナなどの木々が育っているが、その多くが、まだ芽吹いて二十年ほどしか経っていない。大きく成長する前に雪と岩によって押し出され、命を絶たれるのだろう。
 岩を動かす雪の力もすごいが、岩と岩のわずかな隙間と限られた時間をねらって、たくましく育っている木々の生命力も凄まじい。
 この奇妙な風景は、雪が時間をかけて創りだした芸術品だ。写真中央には、ニホンカモシカの姿も写る。岩の上は見晴らしもよく、ここは彼のお気に入りの場所にもなっているようだ。
(林野庁関東森林管理局 生方隆司)


『治山事業、生態系見極めて』2005.1.22

赤谷の森にある渓流は様々な姿を見せてくれる。そこに手をつける場合には細心の配慮をしたい(林野庁撮影)

 赤谷プロジェクトが始まって、治山技術者を自認している私は、かねてから取り組んでみたかったテーマに取り組む機会が来たと思い、小躍りした。
 土砂の流出を防ぐ治山ダムや斜面の崩壊を防ぐ山腹工などの治山事業を行えば、環境の変化がある。これまでも、魚の通り道をつくるなど、特定の動物に対して配慮することはあった。
 だがプロジェクトからは、生物多様性をはぐくむ過程を守りつつ、効果的な方法の開発を求められている。生物への影響はすぐに結果が表れない。時間をかけ、森林はもとより、水や土の中など、渓流を含む生態系全体が持つダイナミズムとの関係を見極めなければならない。
 赤谷の森には、色々なタイプの渓流がある。上流域では、浸食が進みV字谷を形成するところ、中流域では土砂が安定し、渓流沿いにサワグルミ、ハルニレなどの林が発達している所、下流域では柔らかい岩で構成され、土砂の崩れやすいところ。と、実に様々だ。
 渓流の環境は千差万別であり、多種多様の技術が求められることだろう。どのような設計図を書くのか慎重に検討するだけでは不十分だ。工事のやり方そのものにも工夫が必要になる。
 渓流や生物の専門家とプロジェクトの仲間たちの意見を聞きながら、赤谷の森にふさわしい治山事業を研究していきたい。前途多難だが技術者冥利に尽きる楽しみな課題だ。
(林野庁関東森林管理局 河合正宏)


『「温泉」で感じる森の奥深さ』2005.1.29

赤谷の森のふもとには、森からの豊かな恵みを象徴するように、猿ヶ京温泉街がひろがる(赤澤東洋さん撮影)

 赤谷の森から東に向かって続く谷川連峰に登り始めて、十数年になる。
 昨年三月末、赤谷の森にある阿能川岳の頂上で、大空を悠然と舞うクマタカに出会った。この森の豊かさを知り、この自然を次の世代に引き継ぐお手伝いをしたいと思い、赤谷プロジェクトのサポーターとなった。
 谷川連峰では、ロープウェーのある天神平近辺が、登山の季節にはいつもにぎわっている。一方で、赤谷の森のある奥上州側は、静かな山登りを楽しみながら、赤谷の森を見おろせる。
 主稜線より一段低い小出俣山や阿能川岳は、夏は藪が深く、歩くのに苦労させられるが、春先の残雪期は快適だ。
 たっぷり汗をかき、下山した後は温泉に足が向かう。周辺には、歴史ある湯宿、猿ヶ京の温泉街、谷の入口にある秘湯の一軒宿のたたずまいを持つ法師温泉、川古温泉がある。やわらかな温泉が疲れを癒してくれる。
 この地ではブナの森に降った雨が地中にしみ込み、六十年ほどたって温泉として湧き出てくる。地元の温泉宿のご主人は誇らしげにそう教えてくれた。
 湯宿や猿ヶ京には、地元の人たちが管理する共同浴場があり、私もよく利用させてもらう。時には土地の古老と一緒になり、彼らから古いお話を聞く。稜線に立つだけではわからない、森の奥深さを感じさせる地元の方々とのやりとりは、私の楽しみである。
(赤谷プロジェクト・サポーター 赤澤東洋)


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