連載コラム『赤谷の森から』
2004年12月掲載分

『冬は植物の”厳しい師”』2004.12.4

稜線近くから見た赤谷の森。足元のササは稜線近くが樹木にとって厳しい環境であることを物語る(林野庁撮影)

 稜線へと続く登山道を息を切らしながら歩き続ける。振り返ると、写真のように深い谷が連なる。ほぼ全域が赤谷の森だ。
 先ほどまでは、稜線から吹きつける強風に耐えるため、まるで低木のような姿のブナの森が広がっていた。標高は千四百メートルを超えた。ブナは一本もなくなり、辺り一面ササが広がる。
 冬季多雪という日本海気候の影響を大きく受け、最深積雪は数メートルに及ぶという。加えて、息が苦しくなるほどの急勾配。こうした気象と地形の条件が重なると、雪崩が多発する。雪崩は容赦なく植物の命の源である土壌を削り取る。
 営林局時代から三十年以上、森林の土壌を調査・研究してきた。おかげで、植物の生育状態を見れば、土壌の状況が手に取るようにわかる。
 このような植物の状態では、土壌は浅く、せいぜい十センチ程度だ。養分に富む黒褐色の層が欠如する。植物にとっては、厳しい環境だ。
 だが、ササのほかにミヤマナラ、マルバマンサクなどがたくましく生きている。冬は植物に厳しい試練を与え、植物は寡黙にその試練に耐えている。冬と植物の間には厳格な師弟関係があるようだ。かつて私にも厳しい師がいたことを思い出す。
 生物多様性の回復をめざすプロジェクト。この画期的な取組みのため、また、後輩たちのため、しばらく厳しい師であり続けよう。
(林野庁関東森林管理局 長島成和)


『極寒の谷でワシタカ類観察』2004.12.11

厳冬期にクマタカを観察する。猛禽類が神経質にならないよう、服の色を目立たなくする工夫も(安田剛士・赤谷プロジェクト地域協議会事務局長撮影)

 群馬県新治村にある赤谷の森で、イヌワシやクマタカを観察し始めて十年が経つ。
 平成初期、赤谷の森ではムタゴ沢と呼ばれる流域にスキーリゾートの開発計画があり、地元の水源を守るために住民が観察活動を続けていた。自然を求めて東京から群馬に移り住んだ私も、この活動に加わった。
 イヌワシやクマタカが子育てをするのは、厳冬期から初夏にかけての半年間だ。
 森が雪で埋まる一月ごろ、イヌワシのつがいが前後に並んで飛行し、お互いを誇示しあう姿が頻繁に見られれば、その年は産卵・子育てが行われる可能性が高い。
 二月中旬ごろには、赤谷の森の西にある法師山にクマタカのつがいの求愛飛行が見られるようになる。子育てをする環境を確認するために何時間も樹上に止まっていたかと思うと、突然飛び立ち、一キロメートル以上離れたブナ林の獲物めがけて急降下する。
 観察活動は厳しい自然との対峙でもある。極寒の谷で数時間も観察を続けて、成果が得られない日もある。しかし、仲間で連携して彼らの行動を長時間追えた時、貴重な記録を得られた達成感も分かち合える。
 大型猛禽類が子育てができるのは、一帯に多様な生命がいる証左だ。この冬も赤谷の森で、彼らの営みが繰り返されることを祈りつつ、森へ向かう。
(赤谷プロジェクト地域協議会 動物病院勤務 松井睦子)


『「実りの森」をクマに約束』2004.12.18

ブナの木についてクマの爪痕。厳しい冬を越え、春には新たな爪痕がに加わる(日本自然保護協会撮影)

 山の手線の内側の約一・六倍、十キロメートル四方にも及ぶ赤谷の森にツキノワグマが何頭すんでいるのかはまだ誰もわからない。
 今年は、西日本や北陸地方でクマの人里への出没が相次いだが、群馬の赤谷の森ではヤマグリやミズナラ、アケビの実といった餌になるものが多く見られた。そのためか、森の入り口付近のクリは野生動物に食べられておらず、ある地点から奥には食痕があった。クマをはじめとする動物たちはそこまでの実りで冬の貯えを賄うことができたらしい。周囲には、餌を求めて木に登った際の爪痕も、写真のように残っていた。
 赤谷の森では一昨年、森の西側の法師温泉のすぐ裏に子グマが現れた。今年は夏に、森の東側の林道の奥で、やはり子グマが一頭でいるのが観察された。
 親子でいるクマには注意が必要だ。山道の角を曲がる時には、先に何もいないか、よく見ながらゆっくり曲がる。ちょっとした注意でも不幸な接触を防ぐことに役立つ。事故が起これば、クマは撃たれてしまう。
 この森では、人の不注意で撃たれるクマが出ないよう、彼らの生態を正確につかみ、森を歩く人たちに伝えたい。ここはもともと彼らのすみかなのだ。
 調査で雪のかぶった道を登っている時、谷を刻む沢の対岸にクマの姿を見ることがある。風は冷たく、クマも冬ごもりの時期。いい森を取り戻すと、彼らに約束したい。
(日本自然保護協会 横山隆一)


『冬のモミの木 際立つ存在感』2004.12.25

冬、赤谷の森ではモミの木が目立つ。活動拠点「いきもの村」にあるモミは私たちのクリスマスツリーだ(日本自然保護協会撮影)

 赤谷の森も本格的な冬を迎えた。山には雪が積もり始め、里にも雪がちらついてきた。
 この時期、森を歩くと、厳しい寒さに負けず、青々とした葉を茂らせている大木が際立って見える。幹周り二メートルを超えるモミの木だ。
 周囲の樹木よりも一段と背が高く、落葉した広葉樹の中では濃緑色が目立つ。他を圧倒する高さと色彩のコントラストが醸し出す独特の存在感。そのたたずまいが頼もしいためか、クマタカなどの猛禽類がモミの大木に巣をかけることも多い。
 今週は、街頭でもモミの木が並んでいる。クリスマスツリーに使われる木の多くはモミだ。色とりどりの飾り付けをされたその姿は、赤谷のモミとは対照的にとてもかわいらしい。
 クリスマスツリーとしてだけではない。モミは、古くから棺桶や卒塔婆の材料にもされている。クリスマスに縁起でもないと言われそうだが、キリストの生誕を祝し、我々も最後の最後にモミの木のお世話になる。モミは、動物にとっても、人間にとっても、生活に欠かせない、頼れる樹木だ。
 私は、赤谷プロジェクトの担当部署には所属していないが、志願してプロジェクトチームの一員に加わった。直接の担当者にはかなわないが、負けずに赤谷の森を歩き、モミの大木のようにすっくと立つ、仲間から頼られる存在になりたいものだ。
(林野庁関東森林管理局 石原敬史)


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